時事通信社「地方行政」掲載前草稿

 
連載・英国の地方行財政改革に学ぶ(4)
経営の原点はバリュー・フォー・マネー
−自治体の非効率ターゲットに 

稲沢克祐
(群馬県庁)

 前回は、サッチャー政権以降の地方財政の構造改革を解説した。財政構造改革の目的は、赤字の解消と小さな政府であった。そのためには自治体の予算を頭打ちにしてしまう「キャッピング」のような「外科的な」手法もとられた。今回は、自治体のダイナミズムの変革を目指した一連の行財政改革の根幹にある基本的考え方と具体的な手法を整理する。

 英国の行財政改革に流れているコンセプトは図表13のように整理できる。

図表13

 VFM(バリュー・フォー・マネー, Value For Money)
  │   アカウンタビリティ
  └─ 競争原理(市場原理)
      住民満足
      パートナーシップ

 保守党政権は、地方自治体の経営が非効率的であると考え不信感を抱いていた。だから、地方自治体の権限を民間企業やボランティア団体などに移管することにより縮小することを考えた。では、何をもって「非効率的」であるとしたか。その回答であり、行財政改革のコアとなるのがVFM(Value For Money)である。

 VFMとは、「最小のコストで行政需要を充足すること」と解釈されている。また、「住民をサービスの顧客と考え、顧客満足を最小のコストで満たすこと」とも言い換えられる。住民の観点に立てば、「このサービスにいくらまでなら税金を払ってよいか」ということになろう。いわば、「税金の払いがい」である。 VFMの達成のために必要な視点は3Eと言われる。次の3点である。

・Economy(経済性)・・資源の調達をいかに無駄なく行うことができたか、

・Efficiency(効率性)・・投入された資源(インプット)によりどの程度成果(アウトプット)を得ることができたか

・Effectiveness(効果)・・一定の政策により、どの程度の効果(アウトカム)を上げることができたか

 

バリュー・フォー・マネーを支える4つのサブ・コンセプト

 英国の行財政改革には、それぞれの改革に個別の目標が設定されているものの、必ず、VFMを達成することが要求されている。それではどうしたらVFMが達成できるか。1980年代サッチャー政権は、自治体の仕事を「経営(マネジメント)」の観点から改革していこうとした。このような自治体の経営原理を改革していく上での基本コンセプトは図表13に示す4つであり、これらは、いわばVFMを支えるサブ・コンセプトとも言える。

わかりやすい行政とは何か−アカウンタビリティー

 英国で生活を始めるとすぐに、地方税の納税通知書が送付されてきた。中には、納付書と一緒に、リーフレットが同封されていた。このリーフレットには、支出の予算が各行政項目ごとにいくらになっていて、国からいくら来て積立金をいくら取り崩したから地方税がこのように算出された、などと丁寧に説明してある。さらに、自分のところは他の区に比べて税金が高いか安いか、教育や福祉などの諸々のサービスがよいかどうか、などがこと細かに書かれた冊子もはいっていた。滞在中にいろいろな自治体の同封資料を集めてみたことがあるが、どこもきれいな印刷で、同じ様な情報が公開されていた。

 自治体同志の比較など、余計な感じもするが、どこの自治体でも得意な分野とそうでない分野があるのだから、お互い様といったところなのだろう。それにしても、これに比べて、日本の自治体はなぜ自分のよいところを、もっと積極的に宣伝しないのだろうか。

 また、英国の自治体に行くと、とてもわかりやすい説明を受ける。この感想を言うと彼らは、「常に、住民にわかりやすい行政を心がけているからだ」と答える。では、「わかりやすい行政」とは、どんなことか。これは、適切な情報開示がなされていることである。適切な情報開示の例として、グリーンペーパー(協議書)と発生主義会計による財務情報の開示、地方自治体の業績評価(パフォーマンス・インディケーター)の公表を挙げたい。

〈グリーンペーパー〉

 重要な法案や施策を決める前に、国民に内容を説明するために作られるのがグリーンペーパーである。これを発行した上で、利害関係者や一般国民などから広範に意見が集められる。これら意見が反映されて、政府の政策方針である「白書(ホワイト・ペーパー)」が出来上がる。法案が議会に提案されるのはその後である(1)。

 ちなみにロンドン県復活に関する協議書(2)が1997年7月末に発行され、同年10月までに1200件を超える意見が寄せられて翌1998年3月に白書(3)として公表された。

 また、英国では労働党政権初の予算編成を前に、「グリーン・バジェット(予算協議書)」が作られ市販された。図表をふんだんに採り入れており、実にわかりやすい。「この国家予算方針に意見のある人は、次のところまで、手紙またはEメールで」とあり、これが1997年の11月。翌年3月には、「皆さんの意見を採り入れて編成した予算」として予算案発表となった。もちろん、この予算書も図表による解説書で予算案発表日に市販されている。

発生主義会計による財務情報の開示

 英国の自治体の財政制度の特徴は、ランニングコストなどの経常支出と固定資産取得費用の資本支出とを峻別していることである。区別している理由は、先に述べた資本支出抑制策と密接に関連している。つまり、資本支出の最大の財源である長期借入金の増加をどうしても抑えたかった政府は、経常経費と資本経費を分けて、長期借入金は投資活動にのみ充てることができるという規定を設けたのである。

 財源からの資本支出抑制は功を奏した。この経費の区別を可能にしたのが、1982年度から自治体で採用された企業会計方式であった。効果の一つは完全発生主義による会計の導入である。これによって、所要経費の把握が正確・迅速になった。後に述べる数々の地方行財政改革でも、減価償却費や投入固定資本の現在価値の算出などが不可欠であったが、これらを可能にしたのは、まさに、発生主義会計の採用であったと言っても過言ではないだろう。

 なお、現在、英国では国の会計は「資源会計」と呼ばれる複式簿記による財務諸表の作成導入に向けて試行錯誤の段階にある。これに照らすと、地方の制度が国に先駆けているわけであり興味深い。

現在、公表を義務づけられている財務諸表とその開示の仕方は以下のとおりである。

  • 採用した会計原則に対する説明
  • 連結貸借対照表
  • ファンドごとに、収入と支出の明細 ・連結キャッシュフロー
  • 資本支出と資本支出の財源の要約 ・各勘定に対する注記
  • 連結経常勘定

    ※ファンド=基金。英米の公会計は基金を単位としている。ここで基金 とは、日本の一般会計や特別会計に相当する

 この結果、自治体の年次報告書(アニュアル・リポート)も、私企業にかなり近いものとなっている。

 次にメージャー政権の時代に導入された「業績評価」について解説したい。

全自治体を一挙公開する業績評価

 メージャー政権は「市民憲章」により住民の視点に立った行政サービスの提供を公共部門に求めた。さらに、行政サービスの質が向上(低下)したのか、について住民に公表することを義務づけた。

 地方自治体については、あらゆる行政サービスについてできる限り数値化して、全自治体の数値を一挙に公開する手法を採り入れた。これが「業績評価(パフォーマンス・インディケーター)」である。教育や福祉などの行政分野に分けて、さらに細かく指標を分類している。

 毎年公表されるから経年比較ができるうえに、同種の自治体同士がランキング付けされている。たとえば、「教育」という分野の下位項目では「全3、4歳児のうち公立保育園に通っている子どもの割合」という具合であり、自治体種別ごと(たとえばロンドン区)に上から順番に並べられ、さらに2年前との比較まで載せられている(図表14)

 

図表14 全3・4歳児のうち公立保育園に通っている子どもの割合

 

 

(出典:Local Authority Performance Indicators 1996/97・Education P13)

 

公共サービスの担い手はだれか−競争原理

 サッチャー保守党政権時代によく言われていた言葉に、「行政はサービスの提供者(provider)である必要は必ずしもなく、住民に対して、よりよいサービスを可能にする旗振り役(enabler)であればよい。」というのがある。

 この考え方により、国では、「市場化テスト(market testing)」によって、地方自治体においては、「強制競争入札(CCT)」によっていずれも民間との競合を余儀なくされることとなった。これらの改革は職員の解雇などの痛みも伴い、いくつかの問題を残したものの、その後の労働党政権になっても競争原理の導入自体は評価されている。

また、前に説明した「業績指標」では、自治体の行政の成果が一覧表になって公表される。これなどは、競争が擬製されているわけだ。住民に対して一目瞭然になるのだから、自分の自治体が一覧表で下位に位置すると、その自治体のトップに対して住民の批判の目が向くわけである。

〈自治体経営改革のツール−CCT〉

 自治体の関係者と話す度に、苦虫をかみつぶしたような顔でCCTは語られた。日本語で「強制競争入札」という何ともコワイ訳になるこの制度は、「自前で行政サービスをしようと思えば、自らも入札に参加して落札しなければならない」というもので80年から導入されている。

 入札の相手は、英国のみならずヨーロッパの民間企業と地方自治体である。ある自治体の道路清掃はフランスの会社がやり、ある所では、隣りの自治体に落札されてしまった。ロンドンのある区を訪問して清掃車に乗せてもらった時のこと、「CCTが導入される前は、ここにもう一人補助員がついていたんだよ」と言われたことを思い出す。

 導入当初は、CCT対象部門として法定されていたのは、現業部門に限られていたが、徐々に拡大されていって、保守党末期の頃には人事や財政といったホワイトカラーの業種もその対象となるにいたっている。もっとも、拡大部門への導入は政権交代により見送られたが。

 さて、CCTの導入にあたって各自治体は、落札するために徹底した経費の見直しを行い、人員整理などによる経費削減を行った。経費削減の前提は、経費の正確な算定である。その際、徹底的なサービスの見直しを行い、当該の部局の直接経費の算定および人事や財政・情報処理などの間接経費の厳格な配賦が、企業会計により行われた。

 解雇という現実は、たとえ、終身雇用の慣行のない国でも反発は強かったろう。実際は、EUの指令により解雇後は落札会社に同一条件で雇用されることになっているが、地方公務員の身分は失うことになる。首尾良く落札しても地方自治体には次の試練が待っている。落札した部局は、「直営現業部門(Direct Service Organisation)」となり会計を独立させられ、一定の利益をあげることが要求される。つまり、落札価格(経費削減を見込んで算定した経費)よりもさらに経費を削減することが求められている。赤字を出してしまえば、国の権限で、そのDSOは廃止される。厳しい制度である。反対も強かった。

 だが、私見であるが、CCTによって、自らの仕事の無駄の見直し・合理化に努めて自己評価を徹底させた結果、後に導入された「業績評価」の受け入れがスムースに行われたとも考えられる。

 CCTは地方自治体にきわめて不人気な施策であった。強制的に民間と競合させられる点と負けたら解雇というエキセントリックなところが問題であった。それで、労働党政権になると、この点はすぐに見直しが約束された。しかし、英国の地方自治体が民間委託(コントラクト・アウト)に対して消極的であったわけではない。清掃業務などを中心に、民間委託の歴史は長い。この辺は日本もそう変わらない。

効率だけではない−住民満足

 さて、CCTは導入したものの、「安かろう、悪かろう」ではないか、という批判を受けた。経費こそ削減したが、サービスの質を低下させたのではないか、という批判が住民から言われていた。民間の経営者から見れば効率を追求することとサービスの向上とは両立するはずのものであろう。が、ともかく住民に、はっきりとサービスの向上を約束する必要があった。そこで、メージャー政権はサービスの質を高めて住民満足を向上させるために「シティズンズ・チャーター(市民憲章)」を導入した。

 市民憲章とは、「税金を先取りされた住民に対して、行政に対して本来あったはずの約束を確認する」というものであって、いわば「現代版マグナカルタ」とも言える。これは、メージャー政権の目玉施策となった。この約束は、病院であれば「病院憲章」が作られた。たとえば「手術が2回延期された患者は2度目にキャンセルされた日から1カ月以内に病院に受け入れられなくてはならない」(4)という具合だ。

 このような「・・憲章」が1万以上も作られた。なお、1991年に提出された白書「市民憲章」に提唱された行政運営に関する提言は以下のとおりである。

行政運営4つのテーマ

  • クオリティ(質):公的サービスの質向上のための持続的な施策であること
  • チョイス(選択):競争原理の導入できる分野であれば、選択の幅を拡げることがサービスの質の向上にとって最もよい刺激となる
  • スタンダード(水準):市民はサービスの内容について情報を得、サービスの質が受け入れられないものである場合には行動をおこすことができる
  • バリュー(価値):市民は納税者でもある。公的サービスは税収の範囲内で、かつ国家が提供できる範囲内の対価に見合ったものであること。

9つのメカニズム

  • 競争原理の導入の拡充
  • 民間委託の拡充
  • 費用と施策の関係の強化
  • 施策目標の公表
  • 達成された水準についての情報開示
  • より効率的な不服申立手続
  • より強固で独立した検査体制
  • サービスが非常に悪い際の救済制度

公的サービスの7原則

  • 明白な水準の設定、公表
  • サービスに関する情報開示
  • 民営化の拡充
  • サービス結果に関する平易な言葉による完全、有効な情報提供
  • 選択肢の提示
  • 無差別(人種・性別)なサービス
  • サービスの利便性
  • 苦情に対する適切な対応

 

民間と、競争だけではない−パートナーシップ

サッチャー改革のキーワードの1つは、「民間」である。CCTに代表される競争原理は、まさに地方自治体が民間と互して効率性やサービスの質の向上を追求するものであった。そして、民間が登場するもうひとつのフェーズが「パートナーシップ」である。これは、民間と共に手を携えて、サービスを行おうという考え方である。

 前述したように、英国の地方自治体は、政府の厳しい財政統制を受けている。だからこそ、民間の資金やノウハウを導入するパートナーシップという考え方は救世主となった。具体的施策としては、SRBチャレンジファンドとPFI(Private Finance Initiative)などが挙げられる。 

〈入札で補助金を配分するSRBチャレンジファンド〉

 競争原理とパートナーシップは、英国の公共サービスの流れを変えた。地域振興の補助制度であるSRBチャレンジファンドには、この2つのコンセプトが見事に生かされている。

 英国における地域振興事業の歴史は古い。事業の目標も当初のカントリーサイドの過疎化対策から、最近では都市部の人口流出によるインナーシティ問題へと転換してきている。地域振興に関する補助金制度も、これらの施策の変遷にともない、各省にまたがってきて、その数は1993年には20を数えた。補助制度の対象・目的が重複するものも出てきており、1993年11月にこれら20の補助金を統合して「単一地域振興補助金(Single Regeneration Budget)以下、『SRB』という」が誕生した。

 SRBは単なる補助金の統合メニュー化にとどまらなかった。大きな特徴は、SRBの一部を入札により配分する制度を導入したことだ。主に終期を迎えた補助金を更新せずに資金をプールして「SRBチャレンジファンド」として配分する。配分の条件は、公共部門、民間部門、ボランティア部門との間でパートナーシップができているか、ということ。企画書には、政策目標だけでなく、どの程度民間などから資金が望めるかという財務計画が記載され、これらを見て内閣が最終決定する。

 補助金を入札で配分するという思想は「シティ・チャレンジ」という地域振興補助金ですでに始められていたが、SRBチャレンジファンドは、これに比べて、短期プログラムも可能、振興対象地域も都市部に限らないなど、よりフレキシブルなものとなっている。いずれにせよ、厳しい資本支出統制にあえぐ英国地方自治体にとっては、魅力あるものであることには相違ない。

〈民間の資金も経営原理も活用するPFI〉

PFIは1992年に、民間の資本とノウハウを活用するために導入された。これは、公共支出の削減を図りながら一方で社会資本を整備するために、東南アジア諸国の制度を参考に、「民間から取得するのは資本ではなく、サービス」という理念に基づき策定された政策である。道路を例にとれば、設計→資金調達→建設→その後の管理をすべて民間にまかせ、公共部門はその道路からもたらされる便益を得る。民間部門は資金だけでなく建設運営などに伴うリスクも負担する一方で、新たな投資機会を得る。しかし、導入当初は、民間も公共部門もこの政策に慎重であった。民間側は、リスクを負うことに慎重になる。また、公共部門にしてみれば、提供されるサービスの質や失敗に対する懸念が強かった。そこで、94年に「ユニバーサル・テスティング(社会資本整備を進める時には、まず、PFIの可能性を検討してから行うこと)」のルールが導入され、国において事態は飛躍的に進展した。しかし、地方自治体においては依然、その歩みは遅かった。理由としては、@地方自治体には、法定以外の仕事はできないという「越権行為」の規定があるため着手することに慎重になってしまうこと、A厳しい財政統制のためにPFI参画のための資金余力がそもそもなかったこと、などである。

 これらの問題点を受けて保守党政権の末期の97年2月には、資本支出抑制などに関する規制緩和が行われた。内閣政府の権限が強い英国では、内閣の方針(イニシアティブ、PFIもこれに該当)に抵触する個別法は変更される。財政赤字の縮減による財政健全化と投資活動の促進という二律背反を解決するために、パートナーシップと規制緩和とをセットにしたわけである。

 労働党政権になってからも、PFIは、PPP(Private Public Partnership)として、特に地方自治体への導入が促進されている。PFIからPPPへの変更点としては、ユニバーサル・テスティングが事実上廃止されたこと、環境保護を重視する労働党の施策に則り対象プロジェクトの重点が道路から鉄道や病院などになったことなどである。PFIは労働党政権においても高く評価されているのは確かであり、98年度国家予算書において、1項を設けて、計画を公表している。

 図表15に、その計画を表してみたが、公共部門の直接資本支出からPFIに徐々にシフトしてきていることが分かる。

 

 図表15 公共部門の資本支出構成(単位:10億ポンド)

 

 

(資料:英国大蔵省、英国1998年度国家予算書、1998年3月)

 

(注)

(1)横田光雄「グリーンペーパーとホワイトペーパー」(「都市問題」1999年2月号 69頁)

(2)Green Paper,New Leadership for London, Cm 3724, The Stationery Office, July 1997

(3)White Paper, A Mayor and Assembly for London, March 1998

(4)上山信一「行政評価の時代」(NTT出版 1998年) 71頁

(5)資料 行政改革事務局編『諸外国の行政改革の動向』97年