公職研「地方自治職員研修(99/8)」掲載前草稿
書評:
「行政評価による地域経営戦略
〜ムルトマ郡におけるコミュニティ・ベンチマーキング」吉川 富夫
(行政経営フォーラム)(はじめに)
ここムルトマ郡における社会風潮を90年のころに振り返って見てみると、人々は「生活の水準」を求め、ものを重視し「うまい話し」に傾聴した。ときに映画では、「ランボー」が受けていた。ところが今日、人々は、「生活の質」を重視し、時間を大切にし、「よくやった」という慈愛の精神をもつようになった。時に、映画では「フォレスト・ガンプ」に評価が集まった。人々は、コミュニティを求め、精神的なつながりを求めており、将来の自分の財政状況に不安を抱えているが、社会の論点(教育、成長の管理、公共の安全など)がいかなるものか理解しており、身近かな政府である自治体に、より信頼を置くようになってきている。本書の中心を占める、ポートランド・ムルトマ改革委員会のコミュニティ・ベンチマーク報告は、こんな話しで現状分析をはじめる。ベンチマークを通じて、行政と市民が対話しながらよりよいコミュニティを作っていこうという志に溢れた書き出しである。
(なぜ行政評価なのか)
行政評価という言葉が日本で普及したのは、ここ数年のことである。北海道の「時のアセスメント」や三重県の「事務事業評価システム」や静岡県の「業務棚卸し」などが行政評価の先進例として良く知られるようになった。こうした動きは国おいても同様で、通産省は政策評価広報課を設置し、建設省をはじめとした公共事業関係省庁は事業再評価システムを導入した、既に予算編成に役立てられている。このように行政評価が急速に普及してきた背景には、第1に、国、地方を通じた財政の硬直化の進行があることは言うまでもない。国と地方を通じた長期債務残高は550兆円(平成10年度末)となり、住民に巨大な後年度負担を課すこととなった。加えて、90年代の経済の長期低迷により、短期的な弥縫策では財政を立て直すことが困難であることが明かとなった。
第2に、成熟社会の住民意識とは、落ち着いた生活や豊かな環境など、ますます生活の質の向上を求めるようになり、そのなかで住民は自己を主張し、時に積極的に社会活動に参加するようになってきている。こうした住民にとって、相次ぐ公務員の不祥事や不動の進行を続ける公共事業などは、行政への不信を抱かせるに充分の理由となった。
第3に、90年代、バブル経済崩壊後の日本経済の混迷、とくに金融・証券業界にあいついだ経営破綻は、「護送船団行政」といわれる戦後の日本の政治・行政システムの制度疲労を強く意識させることとなった。そして、新しい政治・行政システムの一環として「地方分権」への動きが加速されることなった。
こうした中で、「政策評価」の重要性が次第に明かになってきた。政策評価に、@説明責任(アカウンタビリティ)の確保A効率的・効果的な事業の実施B政策形成能力の練磨、が期待されているのである。
(ベンチマークによる政策評価)
こうした状況は、程度や時期の差こそあれアメリカにおいても同様であった。1980年代半ばに経済的危機に陥っていたオレゴン州において、時の州知事のゴールド・シュミットは、オレゴン・シャインという戦略計画を策定し、この中で、目標の達成を数値で監視するため、ベンチマークを採用した。これがベンチマーキングの先達である本書で紹介するベンチマーク報告は、オレゴン州最大の郡であるムルトマ郡のおいて、郡長ベバリー・スタインとポートランド市長ベラ・カッズに主宰されたポートランド・ムルトマ改革委員会のベンチマークによる行政評価システムである。地域の民間や公共の組織を代表しているポートランド・ムルトマ改革委員会は、ベンチマークの目標を設定するのみならず、目標が達成されない場合に、地域社会に警告し、もっとも緊急の課題に向けて各組織の協働を促すに相応しい地位にあった。
ベンチマークの役割について報告は、「政府の提供する公共サービスの財源が不足していくにつれ、また、市民の側も自分達の支払う税のより価値ある使い方を求めるようになるにつれ、我々はもっと高い水準の効率性と成果を実現していく必要に迫られた。ベンチマークは市民にとって行政の実態を分かりやすくすることで、このアカウンタビリティの問題を単純化しようと試みている」と明快である。
(ベンチマーク報告)
ポートランド・ムルトマ改革委員会が設立されたのは1993年のことで、最初のベンチマークが設定されたのは1994年のことである。その後いくつかの修正を経て、本報告の1996年には、ベンチマークは「経済」「教育」「児童と家族」「生活の質」「自治」「公共の安全」の6分野の整理され、全体では76項目、そのうち10項目が緊急ベンチマークというように洗練されてきた。、報告は、第1章「ムルトマ郡をとりまく環境」においては、まず「ムルトマ郡はこんな事実を重視しています」といって、「社会風潮」「成長の管理」「経済」「子供」に関わる特徴を描く。報告の基本姿勢が示され、どこに政策の重点が置かれているか明快に示されている。あわせて、ベンチマークの役割や体系など、ベンチマーク・システムについて解説される。
そして、第2章「経済ベンチマーク」、第3章「教育ベンチマーク」第4章「児童と家族ベンチマーク」第5章「生活の質ベンチマーク」第6章「自治ベンチマーク」第7章「公共の安全ベンチマーク」と分野別に各ベンチマーク毎に報告が行われる。
いずれのベンチマーク報告とも、図表によって、ベンチマーク指標の時系列や他の地域との比較を表示することを特色としており、地域社会をわかりやすくかつ比較可能な姿で表現することに成功している。説明文は、まずこのベンチマークがなぜ重要なのか、と政策的な意味合いを提示した上で、ベンチマーク指標の変化や水準について説明する。その説明の姿勢は、データの不足、誤解への注意の喚起などを含め、極めて率直である。そして、将来的には、このベンチマークをもっと改善すべきことの必要性を自らに課している。
ベンチマークの具体例を「生活の質」分野からとれば、No62「家と職場の間を30分で通勤出来る住民の割合を増加させる」というものがある。このようにベンチマークは、住民にとっての満足度であるアウトカム指標によって、コミュニティの状態を監視し、地域間比較をすることによって原因分析や改善への動機づけを行っているのである。
ベンチマークングはいまや、行政評価の最も簡潔でかつタフなシステムとして急速に普及しつつある。実践的にもフェニックス市(アリゾナ州)やクライストチャーチ市(ニュージーランド)などベストプラクティスが次々に登場しつつある。ただし、機能的で安定したシステムとして自治体行政に定着するには根気強い努力が必要だということを忘れてはなるまい。
(※本文章は執筆者原文のものです。掲載のものとは若干異なります)