13: ワシントンが首都になったわけ
独立戦争を勝ち抜いて誕生した新生・米国連邦政府ですが、最初はまったくお金がありませんでした。つまり憲法上連邦政府に徴税権も「お金を借りる権能」も与えられていなかったのです。しかし実際は戦費調達のために多額の負債が残っていました。「コンチネンタルズ」という不換紙幣(「藩札」のようなものでしょうか?)のほかに将軍が現地で書いた借用書などなどです。戦後、連邦は支払いできず、州政府にもお金がなく、戦時公債の償還は混乱を極めていました。で、これを収拾したのが財政家として名高いハミルトンです。1787年の憲法議会で連邦の徴税権を確立、財源を確保して戦時公債処理にとりかかります。
そこで発生したのがハミルトン対ジェファーソン及びマディソンの論争です。償還が遅れ、利息の支払いも滞っていた戦時公債の多くは、二束三文の値段で投機家の手に落ちており、剛毅質朴で知られるジェファーソンらは「かかる不道徳な輩に利得をなさしめるのは何事!」と猛反対します。「この輩に儲けさせることは独立戦争に資金を出してくれた愛国的市民に損をさせることである」というわけです。投機家には現在の市場価格を払い、もともとの所有者に残りを支払うべきと主張しました。とても倫理的ですね。
しかしこれは証券というものの性質、あるいは「信用」ということをまったく理解していない暴論であります。そんなことしたら、次から米国政府が発行する債券を買ってくれる投資家はいなくなります。また実際、どうやって「真正の所有者」を見つけることができるというのでしょうか? 将来にわたる米国政府の「信用」を確立することは、ハミルトンにとって喫緊の課題でした。
さらに、州によっては「自分の借金は返した」というところもありました。そういうところは、「他人の借金を返す」ために課税されることになる新たな連邦税に反対しました。反対の急先鋒はヴァージニア州であり、ジェファーソンとマディソンの出身州でもありました。
で、ハミルトンが妥協のために打った起死回生の一手が、ヴァージニアとメリーランドの州境に「遷都」することでした。これが現在のワシントンDCです。建国秘話みたいな話ですが、けっこう生臭いですね。