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7:ポートランドの小学校事情<2>


馬場です。ここのところポートランドではえらく暑い日が続いています。

 娘が小学校に通い始めましたので、親も一緒に行ってみました。(心配でついて行ったというのが正しい。)幸い大学の授業は九月末まで始まりませんので、私も一緒に行くことができました。当地の小学校の一日をつぶさに観察する機会が与えられたわけで、たいへん良い勉強になりました。

 入学手続きの日に、先生に「親が見に来てもいいですか?」と聞くと、即座に「ウエルカム!」と答えが返ってきました。このへんの対応は、日本と違うところです。

学校が地域に開かれている。ただ、「地域に開かれざるをえない」という制度的実情もあります。伝統的に米国の教育予算は日本より随分少ないですから、校区で盛んに募金活動をします(Fund raising と言います。)また、親がボランティアとして学校の仕事をすることを大歓迎します。そうしないと学校が(金銭的に)まわっていかないという、身も蓋もない事情もあるのです。

従って、当然、同じ公立校でも校区によってえらく差があります。

 登校はスクールバスが原則です。小学校の始業は8時とえらく早い(終わるのも2時と早い)のですが、バス会社と契約しているスクールバスを順次、小・中・高校と使うため、小学校の始まりが早いのだとか(合理的ですが)。

 今朝スクールバスに乗ってきた女の子が、頬にひどい怪我をしていました。でもビックリしてよく見たら、赤チンそっくりの色でニワトリのペインティングがしてあったのでした(どうしてニワトリなのか、「?」ですが)。そういえばピアスもネックレスもOKですし、子どもが学校に行く格好については当地はやたらに自由です。

 娘の担任は、チャップマン小学校に勤続16年になる(これはアメリカでは珍しい)ベテランの男性教師、ミスタ・オドーティです。授業の中で日本語を紹介してくださるなど、外国人の新入生にいろいろ配慮してくれています。日本人を迎えたことを利用して、子どもたちの「世界」に対する興味を喚起する機会にしたいとおしゃっていました。

 日本と比べて、担任教師の裁量権は大きいようです。そもそも教科書は家に持ち帰りません。色刷り・ハードカバーの立派な教科書が教室に備え付けてあって、必要に応じてそれを使うのですが、授業の中心は先生の作ったプリントです。読み・書き・算数の三大技能に主に力が注がれています。先生の方針が「勉強する習慣連づけ」にあるようで、宿題は必ず授業時間内で着手してから持ち帰らせます。授業中も作文・計算などの「ワーク」が多いような気がします。先生の裁量権と言えば、授業時間を区切るチャイムがありません!先生が適当な時間になったら「トイレに行ってよろしい」とか「外で遊んでよろしい」とかとてもフレキシブル。ランチの時間はさすがに

カフェテリアの時間があるから決まっていますが、低学年から順に給食時間になるようです。

 体育や音楽の授業もあり、専任の先生が教えますが、「鍛える」というより「楽しむ」ことに主眼があるようで、私が見たときの体育はフラフープをしていました。体操服に着替えることもしないので、見たところ遊んでいるようにしか見えません(実質的にもそうかな?!)。音楽も「誰でもできる」ことが中心で、一見「幼稚園の音楽みたい」でした。でも子どもは楽しんでいました。

 先生はほとんど叱らず子どもを誉めることが中心です。先生が講義をしているときは、さすがに子どもたちは静粛にしていますが、作業である「ワーク」をしているときとかは結構おしゃべりをしたり、ウロウロしたり・・・。でも先生も何も言いません。たぶんそれがあたりまえなのでしょう。たまたま日本のニュースで「学級崩壊」が伝えられていましたが、アメリカの学校の授業風景は、日本人の目から見ると「学級崩壊」みたいです。でも先生はちゃんとクラスを掌握しておられるわけで、「静粛」「秩序」を重視する我が教育文化との差を強く感じました。

 初等教育は、米国の弱点と言われています。今でもそうです。しかし高等教育(大学)のレベルは世界一です。対して、日本は世界に冠たる初等教育を行いながら、高等教育は世界最低レベルです。どちらが良いかは難しい問題ですが、アメリカの教育は初等教育の段階から子どもの「やる気」を喚起することに力点が置かれていますから、「やる気」と「才能」のある学生が精選されて集まる高等教育のレベルが高くなるのかな、と思ったりします。

 オレゴン州では、初等中等教育のひどさに怒った産業界からの要求に応えて「21世紀を目指すオレゴン教育改革法」を1991年に成立させ、今その改革の真っ最中です。基準学年ごと(小学校では3年と5年)に達成しなければならない水準(スタンダード)が具体的に定められ「ベンチマーク」として示されています。3年と5年ではテストがあるので、学校がそれ用の勉強を必死でさせるのでたいへんだそうです。日本人は算数がよくできるので「算数だけ受けさせられた」という話もありました。

「国語(英語)は受けてくれるな」という話ですから、学校も少しズルしていますね。

 最終的には高校一年の段階でCIM(Certificate of Initial Mastery:基本的達成の証明)という試験にパスしないといけません。これもベンチマークで、生徒が誰でもパスしないといけない達成基準です。

CIMの後の高校の課程は、具体的な職業的興味関心に対応したプログラムとなり、ヘルス(医学関係)とかヒューマンリソース(教職も含まれる)とかのコースが用意されます。そして高卒までにCAM(Certificate of Advanced Mastery:上級達成の証明)までを達成します。さらに大学に入るためにはP.A.S.S(Proficiency-based Admissions Standards System:熟達度に基づく入学許可基準システム)という試験を受けなければいけないということですので、なかなか大変です。

今、オレゴン州の高校はこの教育改革への対応で大きく変わっていっているそうです。予算がないので予定より時間がかかっているそうですが。州が独自の法律でこういう大改革をできるところがアメリカらしいと思いました。


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