雇用問題はなぜ政府に任せられないか 中央公論99年9月号
上山信一
〔概要〕
「失業を解消すべき」という課題設定そのものが時代遅れではないか。雇用も、設備も、資金も、「必要なとき必要なだけ調達する」時代に入った。経営者は自ら人材調達戦略を設計し、一方、個人の転職を支援する環境を民活で整備する必要がある
〔以下本文〕
○ はじめに
小渕内閣は、ついに金融危機を回避した。手法はともかくこの点は、きわめて高く評価すべきだ。いよいよつぎは経済再生、そして構造改革へというシナリオを期待したいところだが、そのさいに熟慮すべきは、雇用問題の扱い方である。筆者は外資系の経営コンサルティング会社のパートナー(共同経営者)という仕事柄、欧米の経営者とよく接触するが、彼らは一様に、「低い成長率よりも高い失業率」のほうが、国家経営の重大関心事だ、という。
とくに、欧州では、失業問題は、社会の根幹に突き刺さる大問題である。英国を除く各国の失業率は、一〇%前後の「高位安定」であるうえに、一〇代、二〇代の若年失業が犯罪の増加などの悪循環を生んでいる。
これに比べれば、わが国の「ゼロ成長の経済下ですら四%台」というのはいいほうで、好景気下の米国を若干上回った程度のことで右往左往すべきでない。
だが今後、わが国の失業率は予想以上のスピードで上がりはじめる。景気低迷が続けばもちろんだし、回復基調に入っても、上がる。なぜか。要因は三つに分けて考えるべきだ。
一つは、景気、成長率に直結する要因――全体の景気に合わせて雇用は増減する――これはわかりやすい。
二つ目は、各産業セクターの生産性に由来する要因――製造業は、高度化すると労働力への依存率が下がる。かたやサービス業に、人員を吸収できるだけの成長力がないと、人の行き場がなくなる。
三つ目は、雇用の形態と入職形態の構造変化の要因である。たとえば、人々が就職先の選り好みをすれば、失業率は上がる。失業率、そして雇用問題は、これら三つの要素が重なり合った結果として捉えるべきである。したがって「不景気で失業が増えたから、政府が雇用創出すべきだ」などといった、目先の対応策で片づく問題ではない。
ともかく雇用問題の本質をよく見きわめるべき時期に来ている。金融危機を脱したとはいっても、不良債権の処理、土地の流動化策、財政危機など「構造課題」は目白押しだ。こうなってしまった最大の要因は、政府、そしてわれわれ「国民の問題の先送り」体質である。こと雇用問題に関しては、同じ愚を犯してはならない。今から、その中身をよく分析し、抜本策を考える必要がある。
1.「雇用」「就職」という概念の揺らぎ
さて、雇用問題を考えるにあたっては、そもそも「失業を解消すべきだ」という課題設定そのものが、もう時代遅れではないか。終身雇用から吐き出されてきた人を、別の企業に終身雇用を前提に再びはめ込んでいく、という作業自体に難がある。そもそも「終身雇用」という概念そのものが、右肩上がりの成長を終えた企業では成り立たない。雇用も設備も資金も「必要なときに必要なだけ調達する」時代に入った。「雇用」や「就職」という概念そのものを再定義すべき時期に来ている。
新しい「雇用」の形態は、四つの側面から捉える。@個人と会社の関係が、「終身奉公」から中期・短期契約的なドライなものになる。A一つの会社にすべてを捧げず、兼業をする。B九時から五時までのフルタイムではなく、たとえば月、水、金の午後だけといったパートタイムで就業する。C就職後にも再教育を受けるチャンスが開けてくる。
こうなると、「どこの会社の人」だとか「就職」という概念が崩れてくる。
これからの雇用問題は、このようなダイナミックな構造変化を前提に考えるべきだ。とすれば、「失業対策」よりも、むしろ雇用の「秩序ある流動化」をいかに進めるかが課題となる。
2. 雇用市場でいま何が起きているのか
年収層別、また入職形態別に、わが国の雇用市場を捉えたのが二二九ページの図1である。年収七〇〇万円以上を高年収層、二〇〇万円以下を低年収層、その中間層を中年収層と、ここでは呼ぼう。高年収層は全体の一六%、低年収層は一八%、残りの六割強が中年収層である。これは、管理職、一般社員、単純作業の要員という職種区分にほぼ相当する。一方、入職形態も三種類に区分できる。結果がそうなるかどうかはともかく、ずっといまの会社にいるという前提で雇われている人を、ここでは「終身奉公型」という。数年ごとの契約の更新時に、「解雇」や「転職」がありうることを合意しているのが「中期型」。アルバイトのように最初から終わりの期限を決めた関係を「短期型」と呼ぶ。
図1にあるように、全体に「終身奉公型」に片寄っているのは、予想どおりである。「中期契約型」は、一部のプロを除き、販売職、ドライバー職などに限られている。
さて、まず就業者(個人)側の動きを見てみよう。「最近の若者は一つの会社にずっと勤めるよりも、契約社員や派遣社員でつぎつぎに会社を変える気まぐれ型」というステレオタイプの見方は、実は当たらない。
ユースハローワークの第一線の職員の方々は、口をそろえて「現代の若者の多くは、一生勤める先として就職先を真剣に捉えている。少々の給与の格差があっても手に職がつき、やりがいのある仕事を志向している」と言う。
一方、企業のほうはどうだろうか。経営者は「人材不足の人員余り」と言う。単純作業はできるだけ派遣社員や業務委託の形にして、人材の固定費は変動費化したい。かたや、経営の根幹にかかわる人材はなかなか採れない。たとえばインターネットを使った電子取引の事業の設計ができる人や、企業の買収・売却(M&A)ができる人、などの専門の人材はなかなか見当たらない。
こうした状況に照らすと、今後どのような変化が予想できるだろうか。四つあげたい。
@現在、高年収層あるいは中年収層の上位にいる約一〇〇〇万人の人たちのかなりの部分が、「終身奉公型」から「中期契約型」に切り替えられてくる。
Aしかもそのさいに多くの場合、実質賃金が「市場価値」並みに下がるだろう。これは、人によっては三割、場合によっては五割、といった下げ幅にある。
B中・低年収層の仕事に関しては、社内で人材を抱えるより、販売専門、物流専門といった、専門業者に外注委託(アウトソーシング)されていく。
Cいまは、必要なときにそのつど採っているバイトやパートに関しても、むしろその業務に特化した要員を派遣できる専門業者にゆだねるようになる。
こうした動きが、どれだけのスピードと規模で進むのかは、まだ定かではない。だが、企業は現在七〜八%の資本コストを上回る収益率を迫られる時代に入った。また、どの企業も業務の内容がソフト化してきており、固定費の大部分を設備よりも人件費が占める。終身雇用制度のなかで硬直的に固定費化してしまった人材コストを、極力、機動的に変動費化する動きは、必ず起きる。
3. 転職支援産業の可能性と限界
さて、今度は転職市場について見てみよう。
図2は、転職者がどういう手段を使って求職しているかを示す。仲介業者を利用しない人は一八%いて、自分で直接めぼしい企業に応募したり、縁故を活用したりしている。それ以外はなんらかの形で仲介業者を利用しているが、全体の約一五%は公共職業安定所を訪ねている。また、五二%が新聞広告や求人情報誌を頼りにしている。
派遣会社はまだ全体の一・六%でしかない。ヘッドハンターや斡旋業者を経由して転職する人もいるが、これは全体のうちのわずかである。いずれにせよ、なんらかの形で仲介サービスを利用する人が全体の八割程度いることがわかる。
さて、このような仲介業者、すなわち、転職支援産業は、雇用の流動化に対応して伸びてきている。たとえば関西地方では、このような転職支援産業の売上高が年間八〇〇億〜九〇〇億円と想定される。そのうちの約五割が新聞広告や、情報誌の売上げ、四割が派遣業の売上げ、残りが斡旋などの売上げである。
産業としても成熟してきた。昔は斡旋というと、零細な業者が手元にある求職者の名簿をもとに、一件一件、求人企業に仲介するいわゆるワン・トゥ・ワンの仲介(マッチング)が中心だった。が最近は、むしろ何人かを束ねて仲介あるいは派遣する者が出てきている。これはすなわち、業務委託会社や専門派遣業者のことである。いうまでもなく、一人ひとりを個々の会社に仲介するよりも、一〇人まとめて一社に仲介したほうが効率がよい。
また、各地で専門分野に特化した派遣・斡旋業者も出てきた。たとえば、コールセンターの要員やパンケット(宴会)のコンパニオン専門の派遣業者などが育ちつつある。さらに今後は、企業向けに人材マネジメントのアドバイザー業が考えられる。たとえば、人材を採るときに、新聞広告がよいのか、情報誌がよいのか、といった助言をする。また、たくさんの人が応募してきても、その評価や選別に手間や時間がかかる、あるいは定着率が低い、といったことを考慮して、トータルの採用効率を上げるための採用方法を助言する。もっと踏み込めば、「販売は半分を派遣会社の社員にするべきだ」といった助言もするようになるだろう。
こうした転職支援産業の成長に拍車をかけるのが、インターネットの普及である。たとえば米国では、インターネット上で転職希望者に自分の希望やスキルを登録させ、しかも、希望条件に合った企業の紹介をする業者が増えてきた。また、学生の新卒応募に関しては、リクルート社のインターネットサービスを使わない希望者のほうがむしろ少数派というのが現在の状況である。
以上、企業が人材を採るという観点から、転職支援産業について見てきた。これとは逆に、就職しようとする個人を支援するタイプの業種も、これからは出てくると考えられる。失業率が上がってくれば、背に腹は代えられない。無料の情報誌や斡旋業者に、個人が自腹を切って自分の就職先を探したり、再教育に励んだり、ということも出てくる。
米国では、各種の資格認定試験のメニューが充実している。各業界の専門職はもちろん、販売員や購買管理の専門家といった職種別にも資格認定制度が発達している。たとえば、マネジャークラスの資格を取れば、給与が二割近くアップする、といった、賃金との連関もはっきりしている。日本でも早晩、このような個人のスキルの格付けビジネスができてくる。
さらに、夜間講座の修了者などに資格認定を与えたり、あるいは特定の専門学校を卒業すると自動的に就職が保証されるといったような、教育訓練と転職仲介の相互乗り入れも、これからは出てくるだろう。
さて、このように多種多彩な転職仲介産業がつぎつぎに生まれつつあるわけだが、このことが失業の解消にどこまで役立つだろうか。これにはかなり限界がある。転職仲介産業は本来、マッチングするはずの個人と企業の出会いができていないのを支援する存在でしかない。より安く、より速く、より効率的なマッチングを助ける。しかし、もともとマッチしない個人と企業のニーズをくっつけることではできない。
4. 流動化促進の決め手は何か
さて、転職仲介産業にも限界があるとすると、求人側(企業)、求職側(個人)の双方に歩み寄りを促すしかない。すなわち、個人は高望みや入職形態へのこだわりを捨てる。また企業にも新しい雇用形態や人材ソースを試すことを働きかけるべきだろう。
まず、第一に、企業側の発想と行動パターンは何をきっかけに変わるのか。これは、人材問題は経営の最重要課題ということに社長が気がつくか否かに尽きる。現在、とかく人事部門に任せがちな採用あるいは研修を、経営者が精査して最も戦略的な人材調達戦略を自ら設計するわけである。
たとえば、ある米国企業は、社内の弁護士が不足したときに、ロウスクールの学生に奨学金を与え、入社してくれたら返済を免除するといった工夫をした。
ミドル層については、採りたいときに、採りたい期間、採りたい人数だけを柔軟に採用し、また吐き出し、ということができればよい。とにかくたくさん採って、できる人材だけ残せばよいというやり方も、職種によっては考えられる。あるいは、そこそこの能力をすでに持っている人を、派遣会社にマージンを払って雇うほうがよいという考え方もある。どういう契約形態がいちばん得かを、経営者の視点でよく考える必要がある。
第二に、求職者側はどのような環境が整えば高望みをやめ、あるいは転職に踏み切るのだろうか。ここでは、保険などの金融サービスの考え方がヒントになる。たとえば、仕事をやめて授業料一五〇万円を払って専門学校に通ったのに、希望の職種に転職できず、また給与も結果として下がってしまった時のリスクを補填するサービスである。
あるいは、専門職の予備軍に斡旋業者が声をかけ、「授業料を二割負担するから一年間専門学校に通ったらどうか」と働きかける。この場合、この業者を使って実際に転職することが条件である。もし転職しなかったり、転職にあたってこの業者を使わなかったときには、負担してもらった二割に一割上乗せしてペナルティを、この人は斡旋業者に払う。
個人の転職を支援する、このような「セーフティネット」がらみの金融サービスが考えられる。サービスの範囲は、能力評価、再教育、マッチング、インターンシップ、そして就職後の定着段階にまで及ぶ。このすべての段階で発生するコストを融資したり、リスクを保険で負担したり、というサービスである。失業保険も、広義にはこれになぞらえることができるが、こうした「セーフティネットファンド」のねらいは、失業してしまう前に本人がよく準備して、前もって転職するよう促す。いわば民間版失業予防保険と見るべきものである。
さて第三に、雇用慣行そのものを変えるという国民的運動の展開が必要である。日本人は、企業や個人も横並びが大好きである。周りはみんな「終身・専業・フルタイム」で仕事をしているのに、自分だけが契約社員やパートや二つの会社の掛け持ちであったりというのでは、居心地が悪い。企業のほうも、「採った人材の三割が二年以内に退社」といった評判を恥とする。であれば、流動化時代の雇用慣行を決めてしまえばよい。
たとえば、転職は当たり前ということを「国民的慣習」にするのならば、大企業がいっせいに終身雇用をやめて、二五歳で契約更新、そして四〇歳でまた契約更新、といった契約慣行をつくる。「いったん契約を切って転職をするのが当然」という風潮を、大企業が自ら演出する。
また、「フルタイム・専業」カルチャーに対抗するためには、社員の二五%はつねにパートタイム、求職中、もしくは兼業状態にあるべし、といったルール(二五%ルール)が考えられないか(これは、売上げの一%をメセナに寄付しようという一%ルールになぞらえた)。
さらに、もう役割を果たした業界団体の、それこそ「失業対策」として、業種別の資格試験を始めてはどうか。各業界で一級××士だと同期より給料が一割高い、といったある種の家元制度をつくれば、それはそれで資格認定ができるし、それに基づいた人材流通の促進にもつながる。
5.政府の役割は何か
さて、このような流動化促進策を進めるうえで、政府は何をやるべきか。実はあまりできることはない。政府がやるべきことは、一に時代遅れの規制の緩和、二に最低限の社会政策として維持すべき失業保険の運用どまり、ではなかろうか。もし仮に、政府に知恵と才覚があるとすれば、先述の「セーフティネットファンド」や雇用慣行づくりなど、民主導の動きを側面でプロデュースするということが考えられる。が、官僚にどこまでできるか、やや疑問である。
つまり、雇用問題は政府が解けるようなやさしい問題ではない。さらにいえば、現在政府が取り組む、あるいは「取り組みます」と言っているような施策の多くは、本格的な雇用の流動化を遅らせるリスクがある。
まず第一に、解けるはずもないのに「政府がやる」と言って引き取ってしまうと、何が起きるか。一部の国民が転職の準備もなしに、つぎつぎに失業の憂き目に遭う。むしろ「この問題は絶対に政府には解けない。個々人がスキルを磨き、自分のことは自分で処するように」という、「非常事態宣言」をするべきではないか。
第二に、本来企業が抱えるべきでない人材を抱えさせるための、企業向けの補助金は一切廃止するべきである。失業防止のための雇用調整金はもとより、新規に人を雇わせるための助成金もやめるべきである。名目はなんであれ、補助金をもらった企業の経営はゆがむ。不要な人材がいると、人件費がかさむだけでなく、組織の活力が下がる。いずれ「稼ぐ力」が低下し、収益力にも響く。
第三に、政府自らが職業訓練をやるというのも考えものだ。本当に役に立つ職業訓練をできるのは企業である。大学の先生や促成栽培の国家認定の「××専門士」などに教わった程度では、役に立つプロは育たない。むしろ、政府は間接支援してはどうか。たとえば、コンピュータメーカーの訓練施設を使わせてもらう。講師もそこのベテラン社員に頼み、これからコンピュータの技術者になりたいという近隣の人たちに、社内教育と同レベルの教育をしてもらう。修了生は、そのまま雇えばよい。このような職業訓練サービスは、政府が下手に税金を使って自分でやるよりは、民間に頼んだほうがずっとよい。講師というのも新たな雇用で一石二鳥ではないか。
さて以上、雇用の流動化促進について述べてきたが、私は雇用問題とは、「流動化市場の形成をスピーディかつ秩序をもって促進する」ということに尽きる、と考える。
短期的な社会現象としては、たしかに失業が問題になる。また、これからは各人の終身雇用が短期化し、不安定になるという不安感がある。実質賃金が下がっていくという問題もある。だが、このような問題は、回避不可能な現象である。むしろ、その先の新しい雇用秩序づくりに、いまから取り組むべきである。
そして、その中心的な担い手は政府ではない。まずは企業であり、それに加えて、個人(求職者)がこの問題を直視する。そうした現実観に立って企業が人事政策を見直し、また、それを転職支援産業が助ける、という構図が最も望ましい。失業対策をめぐる政治主導の安易な安請け合いは禁物である。一方、政府に面倒を見てもらおうという国民側の意識も問題だろう。雇用問題は、おそらく個人と政府の離別の決意がないと解けない問題なのである。
(うえやましんいち)