連載:「アメリカのミュージアム・マーケティング」 第1回
ニューヨーク:マンハッタン御三家のアグレッシブな集客・資金調達戦略

月刊「宣伝会議」2002.3月号
上山信一&稲葉郁子

2001年9月11日にニューヨークを襲ったテロ事件は、2000以上あるニューヨークの文化施設、1兆6千億円規模の文化産業にも当然深刻な打撃を与えた。来館者の過半数を観光客が占めるメトロポリタン美術館ではいまだに入場者数が25〜30%落ち込んだままで、毎週1250万から2500万円もの収入減であるという。そんな状況下でも、美術館などは事件後無料で市民に開放したり、特別コンサートや黙祷の場を提供したり、被災者のための寄付金を集めるなどして、人々を癒し、市の再生に貢献している。この連載は一過性の調査ではなく、居住者としての蓄積と数多くの美術館・博物館経営陣へのインタビューをもとに、最新のミュージアムにおけるマネージメントとマーケティング戦略を紹介するものである。

さて、ニューヨークは世界の経済はもとより、アートの中心地でもある。両者の相互作用がニューヨークの魅力と活力となり、人とビジネスを引きつけている。日本では、美術館・博物館にお金やマーケティングの話を持ちこむのにはまだ抵抗がある。芸術文化活動とビジネスを同時に語るのをはばかる風潮すら見られる。かたや、アメリカのミュージアムは非営利組織とはいえ、企業や他の産業との関係も深く、積極的に企業や個人、政府に働きかけ資金を調達し、市場を睨んで新規事業を開発する。どの館でもマーケティングが必要であるという考えは定着していて、ある程度以上の規模の館はマーケティングの専門部署、もしくは専門スタッフを備えている。特にニューヨークではミュージアム同士や他の文化施設の間の競争が激しく、お金と人材、そして観客をも奪い合う。主要な財源は入場料や物品販売などの事業収入で、収入の三割から半分近くを占めるのが平均的である。また、私立のミュージアムが主流のアメリカでは、民間からの寄付金が一般的に収入の三割以上を占め、政府からの公的助成金は平均して一割程度にとどまる。よって、いかに多くの幅広い観客をひきつけ、支持されるかどうかがポイントとなる。観客をめぐる競争は各館のビジター・サービスの向上と設備投資、そのための資金調達の工夫へとつながり、ニューヨークの主な美術館拡張・新築プロジェクトだけでも12件、総額2000億円以上が進行中である。

もちろん非営利団体であるミュージアムの本来の使命は基本的に作品の収集、保存、研究、展示と教育普及活動にある。専門のスタッフが、これらの根幹となる活動を担っていることが大前提である。経営努力や社会の中で認知度を高め、観客を開拓する活動は,そうした美術館本来の活動を充実させる手段として位置付けられている。日本人が見ると,一見,営利目的のテーマパークなどと似た集客宣伝活動をしているように見えたりするが、両者はあくまで別物として経営されている。

今回の連載ではマーケティングとマネジメントの観点から美術館を考える。そしてさらに、ミュージアムがいかに他の産業にインパクトを与え、都市に活力をもたらしているかをニューヨークの事例を中心に5回の連載で紹介したい。第一回の今回はマンハッタンの三大美術館の資金調達と企画力を紹介する。第二回では、マンハッタンの外にある館の挑戦、経営難からの改革例を取り上げ、第三回では、都市経営の観点から美術館を支えるメカニズムとアートの経済効果、他の産業へのインパクトを考える。第四回は都市への才能の集積とアート・マネージメントの役割、つまりではお金ではなく人の面にスポットをあてる。そして最後の回ではアメリカのミュージアムの事例と照らし合わせて日本の課題に触れる。

 

マンハッタン三大美術館:共通する経営戦略

ニューヨークに数ある美術館の中で最も知られ、かつ規模、人気とともに上位を占める館は、メトロポリタン美術館、MoMA、グッゲンハイム美術館の3つだろう。これら三つの館のコレクションや方針はそれぞれ異なり、独自の路線で発展してきた。だが資金調達と観客動員・開拓のための活動には共通点が多く,他のアメリカの美術館のモデルともなっている。

まず資金調達は、ディベロップメント部門といわれる専門の部署があたる。企業、個人、財団、政府向けにそれぞれ専門の担当者がいて、寄付・助成を求める。また、この部門は個人と企業向けの会員制度を開発し、会員基盤と会費収入の拡大に努める。資金調達のためのイベントやパーティーも、どの館でも活発に行われている。一般への開館時間外に美術館がビジネスや社交の舞台となり、一テーブル数百万円の夕食会が催されたり、深夜まで盛装したビジネスリーダー、コレクター、政財界人、知識人、アーティストなどで賑わうというのも日本の美術館には見られない光景である。美術館の法人会員となった企業は、社のイベントや接待、会議などに美術館を使うことも可能であり、三つの美術館ともそのための特別イベント部を設けている。イベントにかかる費用の15〜20%を企画運営料として乗せ、年間数億円の収益を上げている。これら美術館はアルコール類を扱うライセンスも持つので、企業のパーティーなどでワイン等を出せば、利益率は一層上がる。

その他ミュージアム・ショップでは商品とそのオンライン・ビジネスの開発も進み、事業収入に貢献している館もある。ブランド力を活かして最近では三館ともにソーホーに進出し、独立したショップをそれぞれ設けているほか、空港やデパートなど美術館外のアンテナ・ストアを拡大している。

より多くの観客を動員するために、マーケティングや広報専門の部署が館や展覧会の広告、プロモーションを地域別(ニューヨーク市内、州内、国内他の地域、海外)やセグメント別(学生、一般客、法人、会員、寄付者、観光客など)に戦略的に行っている。メトロポリタンは広報関連に年間およそ3億円を費やしている。また、来館者の構成や満足度を把握する調査も行われている。例えばMoMAでは毎月の来館者実態調査で年齢構成や居住地、訪問の目的などをアンケートで聞くほか、五万人以上いる会員にもアンケートを送ったり、ホームページ上にアンケート調査の依頼をのせてオンラインで回答が送れるようにしたこともある。

 

各館の特徴ある活動

@グッゲンハイム美術館のグローバル戦略

ニューヨークの美術館の中で企業的経営手法を取り入れ、最も大胆な経営で知られているのはグッゲンハイム美術館であろう。特に1988年以降は、トマス・クレンズ館長のもとグローバル路線と拡張路線が推進された。1997年にはベルリン(ドイツ銀行とのジョイントベンチャー)とスペインのビルバオ(スペイン地方政府出資)にサテライト・ミュージアムを増やしている。特にフランク・ゲーリーの特徴ある建築が異彩を放つグッゲンハイム・ビルバオは1997年に開館して1年間で150万人を集め、この市を新たな人気の観光地にした。1988年にニューヨーク本館とベニス分館で30万人程度だったグッゲンハイムの年間来館者数は、10年で各地の分館を合わせて400万人を超えるまでに増えた。さらに2001年10月にはラスベガスのカジノつきリゾートホテル内に、二つの分館「グッゲンハイム・ラスベガス」と「グッゲンハイム・エルミタージュ」(ロシアのエルミタージュ美術館と共同)をオープンし、西海岸の観光地でのビジネス展開を進めている。

また、クレンズ館長はマス・オーディエンスをターゲットとし、エンターテインメント性にうったえたブロックバスター(blockbuster)と言われる集客重視の大型企画展でも話題を呼んできた。例えば、アルマーニ展、バイクの芸術展、ノーマン・ロックウェル展など、美術館に来る観客の層を広げ、賛否両論あるものの、動員数では成功を収めている。グッゲンハイムは積極的な企業とのタイアップでも知られる。BMWなど自動車メーカー、AT&Tのような通信会社、ファッション・ブランドなどは自社製品のプロモーションをしつつ展覧会に協賛している。しかし、グッゲンハイムはアメリカの美術館の中でも極端な例であり、商業主義に偏り過ぎだという批判も多く、最近では財政状態の悪化から五分の一もの人員削減を行うという状況に追いこまれているので、必ずしも模範例とはいえない。

AMoMAのブランド戦略とメトロポリタンの会員戦略

MoMA(モマ)の愛称で知られるニューヨーク近代美術館は5年ほど前からのブランド・マネージメント戦略でMoMAという呼び名とそのロゴ、ブランド・イメージを定着させることに成功している。特に現館長になってからマーケティングがより重視されるようになり、インハウスのデザイナーたちが広告からポスターやチラシ、プレス・リリースなどあらゆる印刷物とディスプレイを手がけ、ブランド・イメージを高め、維持している。MoMAのロゴを強調し、ブランド確立のための広告キャンペーンを行い、国内外で美術館自体の知名度を高めた。世界でもトップレベルのモダンアートのコレクションを誇る美術館としては、その芸術的価値とイメージを損なわないブランド・マネージメントが必須となる。結果、国際的にも注目され、海外からの来館者が全体の半数近くにまで増えた。また美術愛好家だけでなく一般に広く親しまれ、ニューヨークの人気観光スポットのトップ10に入るようになった。

1999年にMoMAは現代アートの先端を行くアートセンター、「P.S.1」(ピー・エス・ワン)を吸収合併した。これは時代を先取りするMoMAのイメージを強化するための戦略的決定によるものである。P.S.1は収蔵品を持たない方針でいち早く新進若手作家の企画展示を行ってきた。一方MoMAは組織が巨大になって柔軟性、先進性が衰えてきた。よって、資金難に苦しむP.S.1を年間1250万円で傘下に入れたことは、保守的なイメージになったMoMAブランドを刷新し、現代アートへの関与を示し、近・現代美術のリーディング・ミュージアムとしてのイニシアチブを発揮するために非常に有効である。現在行われている800億円規模の増改築工事が完成する2005年のリニューアル・オープンに向けたMoMAの新ブランド戦略は、このP.S.1.とのつながりを強調し、モダンアートと現代アートの橋渡しとしての新しいMoMAのイメージを築くことである。

一方,メトロポリタン美術館には、さほど斬新な戦略は見られない。だが、優等生的にまんべんなく質の高い活動でトップの座を維持している。同館も私立ではあるが、土地と建物のみニューヨーク市の所有であり、市が建物の管理維持費や光熱費など(予算の13%)を出している。完全に民間組織であるグッゲンハイム、MoMA(公的助成は年間予算の1%以下)に比べると、やや保守的な原因は,王者の地位とともに、このことにも由来するのかもしれない。しかし、メトロポリタンの会員制度には各地、各国からおよそ100万人にのぼる会員が加入していて、美術館を支える重要な財源(14%、約23億円)となっている。寄付金額の多寡で14段階に分けられた会員制度ではメトロポリタンの施設を利用した各種特典が値段に応じて設定されている。こうした会員のためだけのイベントやプレビュー、学芸員によるツアー、館長との食事会など、会員に限った特権や企画、サービスが、会員の美術館へのロイヤリティーや所属意識を高める。これにはより強力な固定客、支援者基盤を築くことが意図されている。

 

以上のニューヨークの代表的な三つの館はコレクション、立地ともに恵まれ、知名度も高く、すでにミュージアム同士の競争の中で優位にある。これに対し次回はマンハッタンの外にあり知名度でも劣る館がいかなる戦略で対抗し、改革を行っているか三つの事例を取りあげる。

ニューヨークを支えるアートの復興を願い、ニューヨークの文化施設を支援するため、本原稿料の一部は、ニューヨーク・アート復興基金(New York Arts Recovery Fund)に寄付される。

 

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<挿入写真・図表>計4点

@ NYの3大美術館と日本の美術館の比較データ(入場者数・予算規模)

A グッゲンハイム・ビルバオの建築

B グッゲンハイム・ラスベガスの「バイクの芸術」展の展示

C MoMAの外観

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