連載:「アメリカのミュージアム・マーケティング」 第3回
ニューヨークの発展と美術館・博物館の役割

月刊「宣伝会議」2002.5月号
上山信一&稲葉郁子

 連載の第一回、二回ではニューヨークの美術館・博物館の経営戦略や改革について、いくつかの具体的な例を見てきた。今回は都市経営の観点から文化施設を発展させ、支えてきたメカニズムとアートの経済効果や他の産業への波及効果を報告する。

 

ニューヨークの経済と芸術文化

(1)ニューヨーク市の芸術産業

ニューヨーク市には、150もの主要な美術館、500を超えるギャラリーや、オークションハウス、350以上もの非営利の劇場、年間700億円以上の興行収入を誇るブロードウェイの劇場群が集中している。加えてテレビ、映画関連のビジネスも発達している。これらを産業として捉えると、ニューヨークの文化芸術産業は州全体で約1兆7千億円(1995年ベース)となる。これは州の生産高(GSP)のおよそ3%にあたる。建設産業に匹敵する規模である。

このような文化環境の豊かさと多様性がニューヨークに活力と魅力を与え、生活を豊かにし、教育や他の産業の質を高めた。さらに芸術家や観光客を集め、ビジネスをひきつけた。この意味においてニューヨーク市と文化施設は共存共栄の関係で発展してきたと言える。

特にマンハッタン島のソーホーやチェルシーのような地域はアートをてこに開発が進んだと言ってもよい。以前は少し物騒な工業地域で、観光客が訪れるような所ではなかった。ところが60年代からソーホーの工場や倉庫、ガレージとして使われていた古い建物をアーティストたちが安く貸りてアトリエとして使い始める。周囲にギャラリーも増えていった。ソーホーは今や洗練されたレストランや一流ブランドの店がひしめくファッショナブルな地域だ。マンハッタンでも特に地価が高いエリアの一つである。さらにインターネット、ハイテク産業の東の中心地「シリコン・アレー」の一拠点としても、米国経済の大きな牽引力となった。ソーホーの地価の高騰に伴い、90年代後半からは、より安く広いスペースのあるチェルシーにアーティストや現代美術のギャラリーが増えた。

 

(2)アートの経済効果:投資としての文化支援

「アートにはお金がかかる」「アートは儲からない」と一般によく言われる。しかし、芸術活動は経済的にも利益をもたらすものだという研究が、米国では進んでいる。芸術文化はそれ自体に本来の価値がある。しかしそれに加えて経済に与える効果があるということが80年代から研究されている。例えば、文化芸術活動によって、どれだけのお金が地域に落とされたのか、どれだけの雇用と税収を生み出したのか、といった分析である。その結果ニューヨークでは、芸術文化事業をハイリターン・ローリスクの非常に有効な地域活性化のための投資の対象と見る観点が確立されてきた。その草分けが1982年と93年のニューヨーク・ニュージャージー両州の港湾局による「産業としての芸術」の調査分析レポートである。さらに近年では、非営利シンクタンクのAlliance for the Arts の同様の調査(1997年)や、マッキンゼー社による文化芸術活動への公的資金の投資効果の分析(1997年)などの報告がある。これらの調査データを一部紹介しよう。

まず1997年のAlliance for the Artsの調査によると、1995年度ニューヨーク市において、芸術関連で直接的、間接的に創出された雇用は13万466人にのぼる。経済への波及効果は111億ドル(約1兆4千億円)と報告している。このうち美術館を含む非営利芸術機関は4万723人の雇用を作り、32億2500万ドル(約4030億円)の経済波及効果をもたらした。文化芸術産業の経済的効果をギャラリーやオークションハウス、劇場などの分野別に表したのが図1である。観光客がニューヨークの文化施設を訪れ、ホテルに泊まり、レストランで食事をし、買い物をする、といった消費活動もまた、市の経済に貢献している。

マッキンゼーによる調査では、市や州が芸術支援のために使った公的資金を投資として捉えている。1995年にニューヨーク市当局は9100万ドル(約114億円)を芸術に投資した。それらの活動から生み出された市の税収は、2億2000万ドル(約275億円)。これは「投資額」すなわち芸術助成額の2.4倍であり、ニューヨーク市当局にとっては非常に率の良い投資というわけだ。ちなみに、市は500件以上の芸術機関に投資を"分散"している上、政府による助成を得るには、その何倍かの資金を民間からも調達することが条件になっている。各機関は公的助成1を得ると、その信用力をてこに約9倍の民間資金を調達する。これも投資リスクの分散に役立つ。よってリスクは低く、回収率は高い投資だと結論が出されている。

市の文化部のコミッショナーは、これらの研究成果は芸術が市にとっていかに重要で、力のあるものかを示すものだと、重視している。ところで誤解のないようにしておきたいのが、経済効果は芸術本来の目的、価値ではない。あくまで波及効果、副産物であり、芸術支援のメリットを訴えるための手段として活用されているということだ。経済への波及効果のみを追求して芸術支援が行われるわけでは決してない。市や州政府、ビジネス・リーダーたちのより大きな支援を促すため、経済的にも芸術支援の重要性を示し、企業や財団、個人を刺激して寄付を拡大することがねらいだ。

 

(3)他の産業へのインパクト

「Fortune」誌は2000年に、ビジネスのために最も優れた都市としてニューヨーク市を選んだ。重要な根拠の一つに、創造的な環境と人材がビジネスをひきつける点を挙げている。ニューヨークにある企業は優秀で才能ある人材を確保する上で、市の充実した文化環境の恩恵を受けている。ニューヨークに移り住んだ人への調査で、56%もの人が文化の充実と多様性に惹かれたためと答えている。これは仕事を変えたという理由(61%)に次ぐ。例えば商業劇場、テレビ、映画産業、建築、デザイン、広告、メディア産業などにとっては創造性が命である。これらはニューヨークのアートともに発達してきた。文化施設は観光、サービス産業にも人寄せの目玉として大いに貢献してきた。さらにハイテク企業もまた、クリエイティブな人材を求めるため、高度に教育を受け、柔軟な考えを持つ人材が集中する地域を好むという調査がある。

ファッション産業と美術館との共生的関係にも注目したい。服飾メーカーなどにとっては有名美術館の展覧会のスポンサーとなることは、ブランドのイメージアップとプロモーションに有効であり、美術館の客層は良いターゲットでもある。ファッションをテーマにした展覧会も増えてきている。グッゲンハイム美術館のアルマーニ展や、メトロポリタン美術館の服飾研究所によるジャクリーン・ケネディのファッション展などは大きな話題を呼び、会場前に長蛇の列ができた。一流ブランド・メーカーはほとんど有名美術館の法人会員にもなっている。美術館にとってファッション・メーカーは今や有力なスポンサーである。その経営者やデザイナーなどは美術館主催のパーティーや展覧会のオープニングでも重要な招待客である。

 

(4)美術館とメディア

米国では、日本のように新聞社やテレビ局が文化事業を主催したり後援したりという習慣はない。だが美術館とメディアとの関係は深い。ニューヨークの大型美術館は新聞、一般雑誌、地域の情報誌、ラジオや時にはテレビに広告を出す。しかし美術館が使える広告費には限りがあるため、記事として取り上げられるように必死でプロモーションをする。例えばニューヨーク近代美術館(MoMA)のコミュニケーション部では展覧会の案内やプレスリリースを国内外合わせて3000のプレスに送っている。主要な媒体だけでも400にのぼり、プレスのための展覧会のプレビューや記者発表会には、100人以上集まることも多い。アート専門誌だけでなく各種雑誌や新聞、テレビなども展覧会や美術館についての話題を取り上げる。こうしたメディアでの露出効果は大きく、広告費に換算すると高額な支援ともいえる。

 

文化施設の資金調達のしくみ

(1)政府と民間による文化支援のメカニズム

一般に米国では芸術機関に対する政府の直接の助成の割合は一割程度で高くはない(全米芸術基金NEAの2000年度予算は約106億円)。むしろ、文化芸術の関係の非営利団体(NPO)の活動を政府と民間がそれぞれ役割を分担しつつ、協力して支えるという枠組みができている。政府は税制上の優遇措置によって非営利の芸術機関への民間の寄付を奨励する(所得の最高50パーセントまで控除が可能)。同時に芸術機関に市場からの資金調達を認めている。これは個々の市民が自分の支持する芸術機関を直接支援することを大切にし、NPOの自助努力を促すためだ。その結果個人、財団、企業が芸術文化・人文科学分野で行う寄付金総額は年間1兆3000億円にものぼる(1998年)。単純に比較はできないが、日本の文化庁予算の約15倍、地方公共団体の芸術文化関係の予算総額の約3倍だ。アメリカの民間による寄付金の額がいかに大きいかわかるだろう。

米国政府の文化支援は間接的で、民間主導型だ。政府系の助成の基本はマッチング・グラントで、民間からの資金も調達することを条件とする。NEA、州文化局・市文化部などからの公的助成金は事業や文化施設の「保証ラベル」、「お墨付き」として機能し、その額よりも、民間からの資金を集めやすくするシード・マネーとしての意味が大きい。このような政府によるインセンティヴづけと、個人のイニシアティヴによる民間からの寄付、そして芸術機関の自助努力がアメリカの文化事業を支えている。

(2)ニューヨーク市と文化施設

ニューヨークをはじめ米国の美術館の経営形態は基本的にはNPOである。収入源は、事業収入、個人や財団からの寄付、企業の協賛、連邦政府や州・市など公共セクターからの助成など多岐にわたる(図2)。その割合や規模、組織によっても異なるが、全体に事業収入と民間からの寄付の割合が高く、公的助成は約1割にとどまる。ニューヨーク市でユニークなしくみは、市が所有する文化施設グループ(CIG=Cultural Institutions Group)の存在だ。メトロポリタン美術館、ブルックリン美術館、アメリカ自然史博物館、ニューヨーク植物園など34の美術館、博物館、劇場、植物園、動物園などから成る民間組織である。これらの機関に共通するのは土地と建物のみ市の所有で、施設の管理運営費の一部を市が負担するという経営形態だ(公設民営)。例えばメトロポリタン美術館は、土地建物をニューヨーク市が持ち、それを借りている際、市から警備と施設メンテナンス費用として約10億円を受けている(2000年度実績)。これは館の年間予算の約7%、警備・メンテナンスにかかった費用総額の3割に当たる。かたやこのグループに属さないMoMAは土地も建物も美術館が所有し、公的な助成金も全収入の1%未満しかない。コレクションについてはどちらの場合も、館として購入したものと寄贈された個人のコレクションから成り、これは館の所有となる。

CIGは政府と民間のパートナーシップに基づくが、設立の経緯は、1869年にニューヨークの市民団体が市長に博物館設置を提案したことにさかのぼる。コレクションと運営については市民団体が責任を持つので市の所有地に建物を建て市が管理維持をしてほしい、という提案だ。こうして実現したCIGの第一号はアメリカ自然史博物館である。メトロポリタンも同様、ニューヨークをリードする実業家、弁護士、や銀行家や文化人、芸術家などの有力者が集まり、ルーブルに匹敵する美術館をニューヨークに作ろうと考えたことが発端である。基金も建物もコレクションも何もない状態からスタートした。まず市に土地と建物を提供するよう訴え、1870年に正式に発足。募金や作品の寄贈が始まり、上流階級の名士はもちろん一般市民も募金に協力し、美術品を購入していった。174点の絵画から始まったコレクションは次第に充実し、現在では300万点を超える。質、規模ともに世界でも有数の美術館となった。その後同様のプロセスで設立されたニューヨーク市が土地・建物を所有する文化施設群CIGは、現在34館に上る。

 

文化産業を支援するニューヨーク市の戦略

先ほど行政からの支援は額としては少ないと述べたが、市は明らかにアートを市の活力源として重視し支持している。例えば昨年9月のテロ事件直後ジュリアーニ前市長は市内の文化施設に対してもすぐに各館の活動を再開し通常業務に戻るよう促した。そして観光客が激減する中ニューヨークの文化活動や観光地としての魅力をアピールし「ニューヨークに来て劇場やレストランでお金を使うことが市を支援することになる」と必死で訴えた。

今回のテロ事件はニューヨークの経済にとっての文化施設の重要性を改めて示した。筆者は文化施設と芸術活動の復興こそが都市に活気と魅力を与え、ニューヨークの再生を促す原動力となると肌で感じた。

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