連載:「アメリカのミュージアム・マーケティング」 第4回
都市への才能の集積とアート・マネジメントの役割

月刊「宣伝会議」2002.6月号
上山信一&稲葉郁子

 

前号では文化芸術産業がニューヨークの経済に与える波及効果を報告した。今回は人の面、そしてアート・マネジメント(芸術運営)が果たす役割について紹介する。アート・マネジメントとは、芸術と社会の接点を設計し、芸術の社会展開を図ることをいう。具体的には資金調達(Fund Raising)やマーケティング、展示や上演のための空間設営、保存、流通、情報、広報などを含む文化事業の管理運営、そして芸術機関の組織経営のことをいう。

 

美術館を経営する:アート・マネージャーたち

(1)相次ぐビジネス界からのトップの引き抜き

「美術館の運営もゼネラル・モーターズの経営も変わりはない」というのはメトロポリタン美術館の元名物館長トマス・ホーヴィング氏(任期1967-1977)の弁である。堅く保守的だった同館は、当時36歳のホーヴィング氏が就任するやいなや、寄付や寄贈のとりつけに積極的に乗り出す。企業へのアプローチ、話題をよぶ大型展覧会、メディア戦略、そして今では当たり前になったギフト・ショップなどの収益部門新設など、当時は「過激な改革」と内外に大きなショックを与えた。また彼は著書『ミイラにダンスを踊らせて』(白水社)で知られざる同館の内幕を明かす。巨大美術館の館長の激務ぶりを伝え話題を呼んだ。美術館・博物館の館長は予算、人事、館の活動の運営管理全般に大きな責任と権限を持つ。館長次第で経営が劇的に変わることもまれではない。館によっては、経営部門を司るプレジデントと学芸部門の長、ディレクターの二頭政治体制を取るところもある。いずれかの呼び名で一人の館長が両部門の指揮を取る場合もある。最近では企業のようにCEO(最高経営責任者)兼館長と呼ぶ館もある。

美術館館長は、かつては美術史の博士号と学芸員の経験をもつ人がなる場合が多かった。しかしそうした学者肌のトップが経営方面でも高い能力をもつ場合は少ない。それを補うべく、ビジネス界からの経営者の登用が近年増えている。

例えばメトロポリタン美術館の分館クロイスターズの館長を勤めるホセ・オーティッツ氏は長年大手銀行に勤めていた。経営手腕を買われて就任し、館の運営の効率化を進めている。グッゲンハイムのトマス・クレンズ館長はMBAをもつ。ビジネスの手法を取り入れた美術館経営コンサルタントとして活躍していたところを引き抜かれた。97年からJ.グンデル氏はMoMAのリテール部門のトップとして「MoMAデザイン・ストア」を発展させ、売上を伸ばした。彼は高級デパートでの経験を買われて美術館のショップに来た。(彼は昨年、再び有名ファッション・ブランドに引き抜かれ、ビジネス界に戻る。)ニューヨーク以外でも、例えばユーロディズニーのCEOなどを経験したロバート・フィッツパトリック氏のシカゴ現代美術館館長への登用と彼による一連の改革は話題を呼んだ。以上のように、アメリカの美術館、博物館では、ビジネス界からの人材登用が盛んだ。このような人事が、組織に刺激を与え、またノウハウの注入と効率化や改革を加速している。

 

(2)理事会が果たす大きな役割

アメリカのミュージアムの特徴は、理事会(Board of Trustees)が極めて重要な役割を果たすということである。理事会は美術館の最高管理組織であり、館長も理事会が選び任命する。理事は、原則としてボランティア。館の方針を定め、管理、監督をし、各地で資金調達活動を展開する。自ら寄付もし、館を支える。おしなべて館のために大きな財力、知力、政治力、人脈、経験を提供できるような人々が就任する。彼らの本業は、コレクター、財界人、地元の名士、政治的・社会的有力者、知識人、政府の役人など様々である。例えば、MoMAの理事会で今目立って活躍しているのが、大手化粧品メーカーのエスティ ローダー社の幹部ロナルド・S・ローダー氏である。メトロポリタン美術館の理事会では、ニューヨークタイムズ社取締役会のメンバー、ジョージ・B・マンロー氏(もと鉱山会社フェルプス・ドッジ社CEO)などが重要な位置にある。ブルームバーグ市長も就任前からメトロポリタンの理事会に名を連ねていた。理事会の役割は館によってやや違うが、@館のビジョン、ミッション(使命)、目標の確立A戦略計画の構築B年間予算と運営計画の承認C館長の監督と支援D資金援助とコレクションへの寄贈の推進、などである。理事就任の理由は人それぞれだが、ボランティア精神や社会的責任感のほか、理事としてミュージアムに貢献したいという情熱が基本のようだ。

 名門美術館の理事に選ばれることは、社会的にも名誉なことで、よい肩書きとなる。ニューヨークでは、財界はもとより市民全体にフィランソロピーの精神が色濃い。理事会メンバーの社会的地位は高く、尊敬されている。人脈も広がる。メリットは大きいものの、無償でかなりの時間、エネルギー、そして資産を費やすことが求められる。理事はよほどの熱意がなければ、務まるものではない。展覧会や美術館での勉強会、各種催しや理事会の会議などにもスケジュールをやりくりして参加する。こうしたビジネス・リーダーによる美術館への献身的なサポートぶりは、虚栄心や社業のためだけでは説明がつかない。規模の小さな無名の館の理事に至っては、純粋な社会貢献である。

 

美術館を支える人びと:人気を集める美術館での仕事

アメリカのミュージアムでは日本よりも分業化が進み、各業務の専門が確立されている。研究を支える学芸員のみに限らず、経営、マーケティング、広報、資金調達、教育や情報などの専門家が配置されている。企業や他の文化施設、非営利団体との間での人材の移動も活発である。

彼ら専門家の間では、世界でもトップレベルの美術館の集まるニューヨークでの職はあこがれの的だ。地方や小規模の美術館・博物館でまず経験を積みながら、ニューヨークのトップの館を目指す人々も多い。美術館の組織は小規模なものが多い。募集枠はわずかだ。そこに各地から高学歴(美術史博士号、経営学修士〔MBA〕、アート・マネジメント修士など)の応募者が殺到する。米国でも美術館や博物館職員の給料は一般企業に比べて非常に低い。2000年の全米美術館給与調査によれば、年収はマーケティング部長レベルで平約775万円、博士課程修了レベルが求められ、何年もの経験を要する専門職の中堅学芸員でも600万円前後、そのアシスタントとなると300万円未満も多い。小規模な館や地方では、さらに下回る。それでも常に人気で志望者が待機している。これは、美術館の職員が社会的に尊敬され、芸術文化を支える仕事の意義が認められているため、また社会や文化への貢献など金銭以外の精神的充足が得られ、自己実現につながるからである。

正規職員以外に、パートタイムやボランティア(無給)、インターン(無給か一部有給)として働く人も多い。最大規模のメトロポリタン美術館ではフルタイムの職員1845人に加え、811人のパートタイム、990人のボランティアが働く。ボランティアの層も、学生や社会人、主婦、退職後の高齢者など幅広い。動機は、自分の好きな美術館や博物館の活動、あるいは社会に貢献したいという人や、そこから正規採用へのチャンスを狙う人など様々だ。インターンやボランティアに対しても各種業務のトレーニングや講義の機会が与えられる。美術館での仕事についての理解を深める教育的意義もある。

有名美術館のインターンにも世界中から応募がある。競争率は100倍を超えることがある。美術館側の職員採用の際にはインターンやボランティアの経験が重視されるので、これは正規職員への登竜門なのである。

 

社会の中で文化活動に参加し、アートを支える人々

アートを支える人々はスタッフだけではない。アートは鑑賞者とパトロンによっても支えられるものだ。

(1)観客

ニューヨーカーには文化芸術の愛好家が多い。美術館について1997年のデータを見るとニューヨーク市民の利用率は、全米平均の34.9%を約10パーセントも上回る。354万人の市民が少なくとも年に一度は美術館を訪れた計算になる。ニューヨークの観光客についてみても芸術文化への参加率が高い。マッキンッゼー社の分析によると、95年にニューヨークを訪れたアメリカ人のうち19%、2020万人が美術館、コンサート、劇場、芸術祭などの文化活動に参加した。この割合は全米トップである。(図1)また、同社はニューヨークを訪れた海外からの観光客のおよそ40%、300万人が文化活動へ参加したと見積もっている。このように、地域内外の熱心な観客が美術館の活動の質を上げ、逆に優れた展覧会が観客を育てている。

(2)パトロン

ニューヨークの美術館のコレクションは、主に寄贈された個人のコレクションから成る。グッゲンハイム美術館やホイットニー美術館など、創設者であるコレクターの名前を冠する館や、寄贈者の名前をつけた展示室もある。ニューヨークでは政府による1ドルの文化助成に対し9ドルの民間からの資金が動くとされる。民間の芸術機関への寄付に対する税制上の優遇措置のおかげという面もあるだろう。だが、それ以前に芸術支援を通じて利益を社会に還元し、地域に貢献したいという伝統がある。ビジネス・コミュニティーでも文化を支えることが大切だという認識が定着している。収益の5%を社会貢献、文化貢献のために寄付するという企業も多い。ニューヨークの美術館は歴史的にこうした理解あるリーダー達に支えられてきた。また彼らの財力以外にも、人脈、経験に裏付けられた判断力や経営能力が美術館の発展に寄与してきた。いまやアメリカで最大の財団は新興のビル&メリンダ・ゲイツ財団(約211億ドル)となったが、全米のトップ100の財団の中には今もニューヨークの資産家や企業経営者によるものが圧倒的に多数を占める。なかでもロックフェラー財団、アンドリュー・W・メロン財団、フォード財団、カーネギー財団など20世紀前半に創設された歴史ある財団は、ニューヨークに拠点を置いて文化芸術支援をリードしてきた。ニューヨークには、理事会メンバーとして、コレクターとして、美術館会員として、企業のリーダーとして、「現代のメディチ」となるべくアートを支援するパトロンが集中している。

 

9・11 セプテンバー・イレブン

2001年9月11日、世界中に衝撃を与えたニューヨークでのテロ事件。観光客は激減し、美術館の来館者数も激減。50%ほどに落ち込んだ館も多い。事業収入の減少に悩む各館で人員削減の噂も飛び交う。しかし、MoMAのグレン・ローリー館長は館にとって人材が最も重要な資産であることを強調し、職員の不安の解消と指揮の高揚に努めた。メトロポリタンのモンテベッロ館長は「病院は傷ついた身体を治し、美術館は魂を癒す」と、非常時における美術館の役割を改めて訴えた。

事件後各館はニューヨーク市内と近郊エリアをより重視したマーケティング戦略にシフトして、地元の人々への広報に力を入れた。半年以上たった現在、ニューヨークの美術館の来館者数はかなり回復してきた。遠隔地や海外からの観光客の減少をニューヨーカーのより積極的な文化活動への参加がカバーしている。Center for an Urban Futureによる9月11日後のニューヨークの芸術・文化に関する最新レポートは、「地元ニューヨークの人々が美術館に行く回数はかえって増えた。それが事件の影響に苦しむ美術館を支えている」と報告する。

テロ事件の社会や芸術分野への影響はまだまだ計り知れず、不安定な世界情勢が続く。しかし、このような状況下においてこそアートや文化活動の社会における重要性が再認識されている。今回の9・11(セプテンバー・イレブン)は、ニューヨークと芸術文化の結びつきの強さに圧倒される事件でもあった。

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