連載:「アメリカのミュージアム・マーケティング」 第5回
日本の課題

月刊「宣伝会議」2002.5月号
上山信一&稲葉郁子

 

以上の連載でニューヨークを中心にアメリカの美術館の経営、経済の面と人材面、そしてそれを支えるメカニズムを取り上げアート・マネージメントの重要性を示した。そこから出た教訓に照らし、日本での課題を考え、問題提起したい。特に文化活動が充実し、競争の熾烈なニューヨークのダイナミズムから東京の問題と可能性を考える。

 

1. これからの日本の都市とミュージアム

成熟社会において芸術文化はより重要である。物質的な豊かさ、量をただ追求する時代、経済中心の時代、20世紀は終わった。新たな経済のあり方を考える時がきている。モノがあふれて飽和状態になった21世紀の社会において、人々はより精神的な充足感を求めている。経済が行き詰まり、高齢化社会に突入した日本でも、個人のライフスタイル、余暇や老後の充実がより重視されてきている。また未曾有の財政赤字、立て続く企業の倒産や失業問題が深刻化する一方で、確かなもの、本物を求め最高級のブランド品や高価な高級食料品が飛ぶように売れるという現象もある。余暇市場での消費は衰えず、自分の教養や趣味、知のための消費欲求は増大している。9月11日以降、不安が広がり不況感に満ちたニューヨークにおいて市民が美術館に足を運ぶ率はむしろ増えたことに暗示されるように、21世紀にはミュージアムへの人々の期待が高まるだろう。教育、創造、知的エンターテインメント、コミュニケーションの場として、その役割も拡大する。

知的インフラストラクチャーとしてのミュージアムは都市にとっても重要である。芸術文化に投資し成功しているのはニューヨークだけではない。国家の重要プロジェクトとしてのグラン・ルーヴル計画は文化都市としてパリを再び活性化し、国内外から多くの人々をひきつけている。ルーヴル美術館の年間約500万人の入場者のうち7割近くがフランス国外からの観客である。80年代に不況と10%を超える失業率に悩まされ停滞していた英国では、国や自治体からの補助がカットされた。しかしミュージアムは、市場ともコミュニティーとも共存し、成長を続けた。英国のミュージアムの数は70年におよそ900だったものが、今や2500館を超え、入館者数も右肩上がりに増えつづけている。衰退していたグラスゴーなど産業革命で反映した都市も、ミュージアムにより人々を集め、かつての活気をとりもどした。産業のまちから文化都市として活性化に成功している。

ミュージアム(museum)の語源は古代ギリシアの学問・芸術を司る9人の女神ムーサイ(英語のミューズ)の神殿「ムセイオン(mouseion)」だ。紀元前3世紀にアレクサンドリアに建てられたものが、当時世界でも最高水準を誇ったヘレニズム文化の「知の殿堂」として名高い。そこには世界中からあらゆる情報が集積され、すぐれた学者が集まり、知が集結し創造される場であった。21世紀のミュージアムは、閉ざされた文化の殿堂ではなく、人とものと情報が出会い、相互に作用する開かれた広場の役割を再び果たすのではないだろうか。不況で停滞ムードの日本の都市の魅力を高め活性化させるためにも、単なるハコでもなく一過性のイベントでもない、知の集結、文化創造・発信の場としてのミュージアムが必要である。

 

2.日本の大都市の美術館の弱点

東京に美術館、博物館は200館以上あるが、各館がそれぞれ点でしかない。1館でも世界トップレベルのものが有機的に結びついて相乗効果をあげているニューヨークと比べると、各館も全体としても弱い。館の資産、リソースを使い切れていない。例えば、よりアウトリーチ(芸術文化普及活動、主に館外にむけた教育普及活動)が充実すれば、より広い観客層、地域に活用され得る。その際地域の学校や大学、他の文化施設との提携も有効である。コミュニティーとの関係も工夫する余地があるだろう。ハード面では会場貸し出し、開館時間外の施設活用や独自の事業開発の余地がまだまだある。コレクションや人材、財政面の不足による限界も多々あるだろう。それはミュージアム同士の連携や、ときには合併や統廃合によって一館のリソース、人材を拡充させることも考えられる。美術館のハコの外にも新たなビジネスや観客、コンテンツ、可能性がある。アウトリーチ、マーケティング、コミュニケーション、広報、情報技術、資金調達、教育普及、これらは全て美術館と美術館の外の世界を結ぶ活動だ。このブリッジの部分が弱く、美術館が孤立し閉塞した状態である。美術館外の企業や個人、地域の参加、参入を積極的に受け入れ、やり方によっては双方にプラスのWin Winの関係も追求できる。他の産業、民間企業のリソース(人・金・ノウハウ・ネットワーク)を活用して、美術館は、もっと楽しく魅力的な、創造性溢れる場所になり得る。

この連載で取り上げてきたニューヨークのベスト・プラクティスを見ると、お役所経営と学術研究至上主義の悪弊からの脱皮が必要だとわかるだろう。もちろんただディズニーランドのような経営をすればよいのでもなければ、万人にうける企画をすればよいわけもない。研究機関としての学術的な使命や、作品の保存などが根本的にまず重要なのはいうまでもない。だが、それは観客の満足度を上げることや、都市の中で、他の産業や組織と共栄共存し文化と経済の発展に貢献することと両立し得る。21世紀に人々や企業がミュージアムに何を求め、何を期待しているか、新たなミュージアムの役割や意義から乖離し、孤立しては可能性はひらけない。観客のニーズの多様化とともに、美術館の機能や役割も複雑化して多様になっている。規定の「美術館」という概念に捕らわれず、美術館の新たな可能性を模索するときではないだろうか。

公立、独立行政法人は気の毒なくらいリソースが無い。お金も足りない、人も足りない。一方で私立については、日本のデパート美術館はある意味グッゲンハイムなどの最近の動向を先取りするユニークなものだった。だが、それも権威とされる学術的な美術館を真似しようとし、そのアイデンティティー、オリジナリティーと支持層を失い、本業の不振ともあいまって消えつつある。ミュージアムは市場経済にそぐわないものであり、利益を生まなくても守るべき、保護されるべき存在だという考えが一般的である。しかし、利用者や企業、コミュニティーとの関係を無視してひとりよがりな運営、事業を続けていては、市場からも観客からも見放される。政府もいつまでも100%あてにできるわけではない。より厚みのある支持基盤を築き、支持層の開拓と同時に所属意識、ロイヤリティーを向上させる努力が必要だろう。多様な財源の確保と同時に事業収入の拡大など自助努力も怠ってはならない。

日本には日本の社会風土があり、アメリカのものをそのまま取り入れることには無理がある。しかしながら、国家主導で芸術文化を守り、文化施設を運営してきたヨーロッパの各国もニューヨークの美術館には視察団を送り、アメリカのシステムに注目している。旧来の美術館の経営を見直し、民間と政府の相互にプラスとなるパートナーシップの構造を取り入れ、応用させようという動きが特に英国、カナダで盛んである。100%政府か、一個人、一企業のみでミュージアムを支え、運営していくには限界がある。

 

3. 都市経営の視点からの危機感

ミュージアムの危機、これは各館の改革の問題にとどまらない。都市としての問題でもある。例えば東京が世界の文化、芸術、経済、政治、情報の中心地として、また人々やビジネスをひきつける国際都市として生き残れるかどうか、ということに危機感があって然るべきだ。ニューヨークのようなダイナミズムを都市のリーダーが中心になって作る時期である。世界の大都市における競争の中でイノベーションが進む。東京もまた世界の都市との競争の中にあることを忘れてはいけない。世界経済における日本の力、存在感が弱まる中、日本の都市も国際競争力をつけ、日本のアイデンティティー、強み、魅力をどこに示すかを改めて考えるときが来ている。ミュージアムはその有効な一つの手段でもある。例えば、スペインのかつては工業都市として栄えたビルバオは、グッゲンハイム・ビルバオの設立により文化目的の観光(Cultural Tourism, Cultural Pilgrimage)で再生した。忘れられ、荒廃していた地方都市にもグッゲンハイム・ビルバオ詣のために世界中から観光客が押し寄せた。市は活気を取り戻し、観光客で潤い、ビジネスが次々におこる。文化による都市の活性化が経済、産業の発展の起爆剤となることもある。英国にも同様の例が多い。

ニューヨークのような国際都市にいてさえ、現代の日本を知るための情報はあまりにも少ない。経済や政治で日本がニュースになることが激減した今こそ、日本が誇る文化、テクノロジーで存在感を示すときだ。この点で日本は逆に輸入超過である。ミュージアムにしても世界の有名美術館において日本人の利用客は大抵国籍別のトップ5に入る。東京にいれば世界各国からもってきたコレクションによる展覧会を観る機会がある。舞台芸術も同様だ。だが海外では、日本へ関心がある人もいるのに日本のミュージアムに関する情報もアクセスの手段もない。せめてバイリンガルのホームページやプレスリリースを用意すべきだ。それもアウトリーチと情報公開の一環である。観光ビジネスやメディアなどとタイアップすることも考えられる。海外での人気と知名度の高い江戸東京博物館の成功に学ぶところも多いだろう。

産業、経済、文化芸術が発達し、才能ある人材と情報が集積する都市のダイナミズムと魅力を作り出すには、役所任せでは無く、市民と財界が行わなければならない。そのためのてことしてのミュージアム、文化施設は役所直営からニューヨーク型の公設民営への経営転換が有効である。市は土地や建物を所有しその管理維持費を負担、運営は市民が支えるNPOが行う。コレクションや企画も民間主導にする。誰のためのミュージアムか、文化を担うのは誰か、という原点に立ち返るときだ。財界人なども理事会に入り、財力、知力、経営力、人脈や経験で貢献する。そして美術館の閉ざされた世界の中だけでなく、都市の企業や他の文化機関、研究機関、メディア、コミュニティーとの協力やパートナーシップを開発し、人材の交流も促す。そうして都市とミュージアムとの共生関係を築くことが課題となっている。

 

 

4.東京の都市再生への提案

上記のような観点からも東京の課題は考えられる。ミュージアムと都市、企業、人、社会との新たな創造的関係から、情報、文化、ビジネスの発信地として、国際都市東京の再生のために、次のような策を一例としてあげよう。

 

(1)上野の森再構築:芸大も含め美術館ほか文化施設群全体を一つの経営体にしてしまう。ニューヨークのCIG(Cultural Institution Group、ニューヨーク市が土地建物を所有する文化施設群。メトロポリタン美術館など)のように、公設民営の団体とする。

 

(2)「日本を知るためのゲートウエー博物館」のイメージ構想:江戸東京博物館&ディズニーランドの流れで、成田から羽田の間に日本を知るためのゲートウエーとなる文化施設群を作る。例えば、文化服装学院、漫画、ハイテク、工業デザイン、建築など日本の題材をうまく組み合わせた現代日本の演出を工夫する。海外で現代日本文化を知る機会、情報は少ない。文化面の輸入超過を改善するため、広報、マーケティングも国際的に行う。

 

(3)東京ミュージアム・アソシエーション:国立、公立、私立、百貨店美術館や企業の文化事業部などのプロをネットワークする組織を作り、ミュージアムの横のつながり、地方や海外との交流を促進する。各館や組織の情報、人材、コレクションなどリソースを共有、提携により相互補完するネットワークで、ミュージアムの活動全体を活性化する。

 

(4)アート・マネジメント研究所:学部レベルでなく大学院レベルの研究の蓄積、データ収集が必要である。政府や一企業の方針、利益に偏らないアカデミックなアート・マネジメントと文化政策の高等研究機関を作り、文化施設や企業、地方自治体、文化庁への提言、研究発表、議論の場を設ける。また高度なプロの養成、現場で活躍するスタッフや館長や理事のためのプログラムを設立する。芸術機関のための情報センター、サービス機関としても機能させる。企業やベンチャー、個人の支援者、コレクターと文化機関を結ぶことも可能だろう。

 

(5)東京のSoHo/アジアの「シリコンアレー」構想:スミソニアン、グッゲンハイム、メトロポリタンなど世界の一流の美術館やそのミュージアムショップ、ハイテク産業、情報・ソフト産業を誘致、同時に国内外のアーティストを誘致し創作活動のスペースを提供する。文化産業と日本の技術、開発力、アーティストの創造力を融合させアジアの「シリコンアレー」をめざす。複合的文化の中心であり、コンテンツに強いクリエイティブなハイテク産業と芸術産業の拠点とする。

 

連載を終えるにあたって

本連載では、アメリカ、特にニューヨークのミュージアムの事例や都市としての芸術文化支援のメカニズムを紹介した。こうしたものをそのまま日本に取り入れても上手く機能するとは限らない。だが、他の産業や優れた人材をとりこんだミュージアムと都市の共生関係は、停滞する東京や日本の他の都市にとってヒントになるだろう。それをどのように日本で築いていくかが課題である。上記のように既成のミュージアムの概念にとらわれずチャレンジし、日本の強みを活かしてこそ、ミュージアムと都市は魅力と活気あふれるエキサイティングな場所に発展する。ニューヨークはテロ事件からの復興に全力をつくし、都市としてのステイタスを更に上げようとしている。21世紀の東京には何ができるのだろうか。ニューヨークを支えるアートの復興を願い、ニューヨークの文化施設を支援するため、本連載5回の原稿料の一部は、ニューヨーク・アート復興基金(New York Arts Recovery Fund)に寄付されました。

(了)★無断転載、複製を禁ず