時事通信社「地方行政」掲載前草稿

連載:行政サービスにマーケティング手法の導入を
第十一回 『すぐにでもできる行政バリュー改革活動
(PIPIプラン)の勧め ・上』

上山信一
(マッキンゼー日本支社パートナー 行政経営フォーラム主宰)

はじめに

前回までの連載では、民間企業のCS(カスタマー・サティスファクション)手法をもとにどのようにすれば行政サービスを顧客志向に改善できるのかという理論的な整理と、先行事例の紹介をした。だが、わが国の行政の現場でこのような手法は、具体的にどう実践すればよいのか。どんな体制で、誰が、どの程度の時間をかけて、どんな調査フォーマットで調査すればよいのだろうか。

以上のような問いに対して、具体的なケーススタディを通じて答えていこうという実務家が集まって、PIPI(ぴぴ)研究会をつくった。PIPIとは Public Involvement & Public Initiativeの略である。つまり、行政が住民を巻き込み、また住民が行政に参加するという、双方向のコミュニケーションの活動を通じて、行政サービスを改善していこうという考え方である。

PIPI研究会では、現場の公務員と市民との共同作業をつうじて、行政サービスの改善をしていく手法を考えている。これまでに、中堅都市の三つについて、市民センター、保健センター、市役所の窓口について、機関の長と現場の職員グループの協力を得て、実地調査をしてきた。こうした作業の中から、各機関が現実に直面する経営改善課題の発掘と、その現実的な解決策を検討しようというものである。活動はまだ初期段階だが、ここではこれまでの作業でわかったことの計画紹介を行いたい。

なお、PIPI研究会のメンバーは私の他、以下の七人である。玉村雅敏(慶応大学大学院)、林泰寛(慶応大学大学院)、福田志乃(日本工営)、高田政紀(宇都宮市)、細川珠生(ジャーナリスト)、増田昭男(あまがさき未来協会)、村岡政明(ワイズマンコンサルティング)。

1。PIPI活動とは何か

PIPI活動とは、行政の現場職員グループがイニシアティブをとって、行政サービスの受益者である住民との討論や共同調査を通じてニーズの発掘調査を行い、改善の機会を見つけ、同時に、顧客志向・成果志向のマインドを強化していくという現場改善手法である。また、それと同時に、住民自らの発意や行動で地域づくりを行う環境が整い、結果、行政の仕事が大幅に減って、その残った行政の仕事がサービスとして改善される。「住民自治」に至る道筋をつけることをねらっている。

当初の活動のイニシアティブは行政職員側がとることを想定しているが、理想型では、住民グループが積極的に参加し一緒に調査の設計や実施を行う。活動の対象は、直接市民に対して行政サービスを提供する現業部門である。即ち、図書館、病院、バス、美術館、市民センター、市役所の窓口、ごみ収集などが考えられる。給食サービスや老人介護、警察なども応用可能だが、受益者が一般市民の一部に限られる。また、直接の顧客と真にニーズを洞察している関係者が一致していないという難しさがある。例えば、給食を食べる児童は直接の顧客だが、児童の意見そのままが顧客の意見とは考えにくい。両親の満足度も考慮しないとサービス改善は行いにくい。

PIPI活動は、よくある一過性の市民満足度調査とは異なる。年に一ないし二回ずつ必ず継続的に満足度調査をやるとともに、次のようなステップで、現場の公務員の行動改革や施設の経営方針そのものの見直しをじりじりと進めていく。

〈レベル0〉:現行施設の直接の受益者の満足度やニーズをともかく調査し、すぐできることをやる。例えば、「コンサートホールの窓口で入場受付時間前に、雨の中待たされる時間が二十分にも及び耐えられない」といった苦情を述べた人が十人もいるという事実が明らかになった場合、雨の日には内勤の職員の半分をフロア係にシフトさせ開場を早める、といった工夫。

〈レベル1〉:サービス品質基準づくり。このレベルでは、満足度調査をしたうえで、実際にどこまでなら改善できるかということを、利用者が期待する各項目について目標値を設定し、それを利用者に対して公表する。英国の市民憲章はこれにあたる。例えば、市役所の出張所長がPIPI契約書を作成し、五つの約束を市民に対して行う、といったような工夫である。約束とは、例えば、届出手続きの窓口に市民が並んでから五分以内に必ず対応をする。あるいは、特殊なケースの問い合わせに対しても、二十四時間以内に必ず電話回答できる内部調査体制を整える、といったことである。

〈レベル2〉:他の自治体の類似機関とのサービス水準の比較(ベンチマーキング)。例えば、近隣の市町村の類似施設と連携して同じ項目について比較調査を行う。サービス水準を極力、数値で相対比較したり、よりよい改善手法やノウハウも交換する。

〈レベル3〉:PIPIスタンダードの確立。複数機関のベンチマーキングを第三者機関が定期的に行う。この段階になると、全国の数多くの、例えば市民センターが定期的にベンチマーキングを行う。客観性を担保するために調査は第三者機関が行い、優れた組織は表彰したり,ISO9000型の認定資格を与えるなどの工夫も行われる。

2。調査表の設計と調査の実施

PIPI活動は、設計次第でささやかに始めることも可能だし、調査機関等の第三者を入れて大掛かりに始めることもできる。具体的な作業の段取りは、次の通りである。
  1. 現場職員が中心になって、市民の側から見ると、どのようなニーズが重要で、また現在どこに不満があるのかを、ブレーンストーミングする。ただし、対象施設の現場職員だけでこれをやると、単なる自己点検の職場会議になってしまう。例えば、図書館であれば、まったく分野の違う水道局や本庁の会計課の職員に、「一般市民になったつもり」でいろいろと問題提起してもらうのがよい。
  2. 課題領域が見えたら、次は、利用者へのグループインタビューや個別インタビューをやる。例えば、利用者をタイプ分けして、それぞれに対する改善策を分けて考える。例えば、ごみ収集の場合、事業者のニーズと一般家庭のニーズは違う。いずれにせよ、最大限十ぐらいの仮説的な課題を、この段階では抽出する。
  3. アンケートの設計をする。利用者に質問表を渡し、面談しながら数分間で回答してもらう。例えば、駐車場は便利か、職員の対応は親切かといった簡単な質問に対して、五段階評価で答えてもらうような方法が現実的だ。問題意識の高い人には、さらに突っ込んで改善策などをインタビューするのもよい。
  4. 調査の集計と解析。調査サンプル数は多くは必要ない。ただし、男性か女性か、職業は何か、といった属性ごとに回答結果が分かれる場合は、分けて評価をする。このあたりは、臨機応変に対応するしかないが、以前にも紹介したが、重要度と満足度のマトリックスに調査結果を整理するように設計する(図1.)とよい。これは即ち、利用者にとってどのような項目が重要で、また重要なのに満足度が低い項目がないかどうかを、定量的に発見しようという試みである。調査の設計の段階から、このような加工法を前提に考える。
  5. 調査結果をもとに、施設の長も交え、改善策を討議する。この段階では、現場で明日から工夫して対処すればよいことと、運営のルールや制度を考えないといけないことを、区別して議論することが重要である。また、住民側はサービス向上のためにどれだけのコストがかかるか、ということは意識せずに回答していることが多い。したがって、改善のためにいくらのコストがかかり、それは実際に税金の使い方としてよいのか、といったような議論もする。ともあれ、場合によっては、職員の人員増や来年度の予算の振り分け方などに、討議の結果は反映されていくはずである。

以上が、おおよそのPIPIの活用の流れだが、これはあくまで初年度の一回目の調査のイメージを語ったにすぎない。実際には、このような調査を六ヶ月もしくは一年ごとにやり、回を重ねるに従ってレベルを上げていく。

3。実行体制

さて、PIPI活動の実行体制だが、最初からあまり多くの人数でやると、議論ばかりでなかなか進まない。経験則からいうと、施設内の若手の問題意識の高い人が数人、それもできれば窓口の人、内勤の人、予約を電話で受け付けている人、といったように違った立場から人選するのがよい。また、先ほども述べたが、対象施設の外の職員も入れて客観性を担保する。いずれにせよ、理想的には五、六人、最大限でも十人のメンバーをワーキングチームにする。職員の研修プログラムの一環として行うのもよい。

さて、メンバーはあくまで市民の視点からプロジェクトに参加する。自分のセクションの弁護に回るような発想は避けて、「市民の視点をもった行政」のプロとして、全員平等の立場で参加する。最初から館長や管理職を入れると失敗する。上司の前では現状批判をなかなかやりづらい。なお、お勧めは、しっかりとした意見をもった女性の職員で、複数の施設の勤務経験をもつ人を是非入れたい。また、民間企業から転職してきたような人も適任である。

さて、初期の段階から住民の代表に入ってもらえるとなおよい。多くの施設は、運営委員会や評議会をつくっていて、地元の大学の先生や経営者、市役所OBなどが名を連ねていることが多い。しかし、このような形式的な機関はあまり機能していないことが多い。ここでいう住民の代表というのは、日頃から施設をよく利用してくれている主婦で問題意識の高い人や、地元でもユニークなサービスで有名な商店主など「リーズナブルな批判精神」をもった一般の市民である。学者や市民団体、あるいはジャーナリストなどを入れようという意見も出るかもしれない。だが、審議会とは違うので、権威づけは一切必要ない。また地元で生活をしていない有名人や、行政批判を「業」としているような人を当初から混ぜると、運営が難しくなる。

ともかく、メンバーの人選は柔軟に考える。アンケート調査をしていて、たまたまとてもよい意見をくれたお年寄りに、その場でアドバイザーになってくれるように頼む、というような工夫はうまい。外部のコンサルタントや調査会社を入れるのも一案だが、満足度調査のアンケートの設計や実際の聞き取り調査などは、原則として外部委託してはいけない。職員が直接自分の頭を使って考え、また市民との直接の対話のなかから改善策を紡ぎだすのがこの運動の眼目である。実は、予算をかけて外部機関に依頼して調査を精緻にやればやるほど実践は遠のく、という奇妙な現象がある。ある美術館の場合は、数百万円かけて顧客満足度の調査をシンクタンクに委託した。中味はよくできているが、そのレポートの存在を知っている人は二百人の職員のうちわずか二人、ということだった。そんなことならば、荒削りでもよいから、何人かで聞き取り調査をやったほうがインパクトがあるに決まっている。

4。活動の期待成果

PIPI活動の期待成果としては、次のようなものをあげられる。
  • 調査に参加した職員グループの問題意識が向上し、日常の業務のなかに改善の工夫が芽生えてくる。
  • 日頃から何となく分かっていたつもりの顧客ニーズが、具体的な数値と文書で目の前に提示されることにより、館長や管理職が現場からの問題提起に対してより真剣に改善策を考えるようになる。
  • 調査結果をもとに、予算や人事の改革などのアクションがスピーディに行われる。こうではないか、ああではないかという推測に基づく観念論よりも、一回の調査に基づく具体的な説得のほうがパワフルなのはいうまでもない。
  • 行政マンにも経営センスが身につく。例えば、サービスのタイプに合わせて、有料化するとか、ボランティアの民間企業の人のアドバイスに耳を傾ける。
    さて、住民側から見てもこのような活動は好ましい。
  • 調査の結果、例えば「PIPI契約書」のようなものが公開されると、行政に対する信頼感が増す。
  • 職員から直接ニーズの聞き取り調査を受けた住民も、行政に対する親近感を増す。たとえ延々と苦情を述べた人であっても、行政側が住民の意見を真剣に聞こうという姿勢自体に対しては、少なくとも好感をもつ。ただし、ニーズを聞いたはいいが、聞きっぱなしは問題外であることは言うまでもない。
  • また、住民にとって身近なサービスの改善事例ならば、マスコミも取り上げやすい。仮に悪い調査結果が出たとしても、こうした調査の努力は継続することにより向上が見込めるし、その軌跡がメディアを通じて公開されれば、最終的には、行政に対する信頼感が増す。
  • 他の市とのベンチマーキングを行うことにより、市民が市のサービスに対する値ごろ感をより一層もつようになる。ひいては、税金の払い手としてのコスト意識をもつようになる。
  • 利用者の実績やニーズ、満足度を数値で表したものと行政のかかったコストを対比して分析して見せることにより、住民側も行政に対するコスト感覚をもつようになる。行政からは何でも取れるだけのものを取る、といったような甘えた感覚が是正されるきっかけとなる。

以上のように、PIPI活動の期待成果は予想以上に広がりがある。もちろん、PIPI活動がこうした成果を発揮するためには、問題意識をもって調査を継続することや調査結果を公表するという決意と勇気が必要となる。これは実は、行政評価の成功原則と同じである。

ついでに、ここで種明かしをさせていただくと、PIPI活動とは実は、現業部門を単位とする行政評価活動そのものなのである。県庁全体あるいは市役所の局そのもの、といった大きな単位を評価するのはなかなか簡単なことではなく、また住民の視点や第三者の手による評価を行うのは容易ではない。しかし、こうしたサービス部門であれば、住民の参画も得やすいし、第三者による評価もやりやすい。仮に当初は、住民や第三者を活動に入れないにしても、同僚である他のセクションの職員を「市民の代理」として参加させることにより、疑似的な第三者評価ができる。また、マスコミや一般市民にとっても、こうした現場サービス機関の評価結果は比較的理解しやすく、住民が行政サービスの向上と費用対効果に対して問題意識をもつきっかけになる。すでに「事務事業評価」や「業務棚卸し」などの、行政部内による自己点検型の行政評価の動きは広がりつつある。これらに加えて、是非現場レベルでの行政評価として、このPIPI活動をお勧めしたい。

 (※本文章は執筆者原文のものです。掲載のものとは若干異なります)