時事通信社「地方行政」掲載前草稿
連載:行政サービスにマーケティング手法の導入を
第十一回 『すぐにでもできる行政バリュー改革活動
(PIPIプラン)の勧め ・下』
上山信一
(マッキンゼー日本支社パートナー
行政経営フォーラム主宰)
前回は、PIPI活動の概要と手法の概略をご 説明した。今回は、PIPI研究会が実際に予備 調査を行った、ある市役所の窓口業務と市民セン ターの二つのケースについての発見をご紹介した い。あらかじめお断りしておくが、これらの施設に ついてはまだ、利用者の満足度調査はやっていな い。今回は、既存の満足度調査の数値をもとに現 場の職員の方々と討議をし、今後のPIPI活動 のやり方を指摘したにとどまる。しかし、それで も、従来、行政内部で「行革」の枠組みの中でや ってきた手法とは異なる切り口がいくつか浮かび 上がってきたので、ご紹介したい。
1。市役所の窓口のケース
(1)施設の概要と既存の改善活動今回調査したのは、ある中堅都市の市役所の支 所である。ここでは、戸籍、住民登録、印鑑登録 などの届出や、戸籍謄本、住民票などの証明書の 発行、そして国民年金や国民健康保険の手続きを 行っている。駅から徒歩五分のところにあるこの 施設には、七つの窓口があり、待っている人のた めにソファが用意されている、典型的な出張所で ある。平成九年六月に「市民課窓口利用アンケー ト調査」をすでに行っている。利用者に対して、 属性、利用の頻度、目的、あるいはなぜこの窓口 を選んだのか、などを聞き、さらに、次のような 項目について調査をしている。
- 施設内で自分の目的に照らしてどの窓口に行 けばよいのか、すぐわかったか(わかりにくかっ た場合、理由は何か)。
- 手続きの方法はすぐにわかったか(わからな い場合、その理由は何か)。
- 職員の対応はどうか(悪かった場合、その理 由は何か)。
- 待ち時間はどうか。
- 現在十ヵ所ある本庁・支所の窓口の、場所、 駐車場、開設日・時間は妥当か。
- 今後の窓口に要望すること(複数選択で、例 えば、個人のプライバシーが守られる窓口といっ た選択肢が掲げられている)。
- 今後必要と思われる窓口サービスは何か(例 えば、市内のイベント情報の提供など)。
(2)PIPI研究会からの問題提起
さて、今回、われわれは、窓口の現場を拝見し た上で、第一線の職員、管理職の方々との討議に 臨んだ。その結果、われわれが抱いた問題意識は 次の通りである。
- 実際に窓口に来た人に対するサービスニーズ の把握や満足度の向上に向けては、アンケートを したり、応対の改善を研究している。しかし、窓 口に来るまで、あるいは来た時の不測の事態(例 えば、印鑑を忘れてきた人など)にどう対応する かについては、あまり検討されていない。
- 電話やファックス、あるいはインターネット のような新しい技術を駆使すれば、そもそも住民 に窓口に来てもらわないで事務を処理できるはず 、という問題意識が欠如している。
- 住民登録などの届出、料金と引き換えの証明 書の発行、年金などの手続きなど、利用サービス のパターンの違いに合わせた業務の流れについて の事前広報が足りない。市民に配布する分厚いし おりの中には、出生届や印鑑登録などの手続きの タイプ別に、「いつまでに」 、「どこに」、「届 出に必要なもの」の三つの切り口からの説明がさ れているが、わかりにくい。一生のうちに何回あ るかどうかの手続きの際に、利用者が知りたいの はもっと詳細な段取りではないか。例えば、
- 印鑑の代わりに拇印を押せば済むのか。
- 行ってどれくらいの時間で証明書をもら って帰ることができるのか(例えば、五〇分の昼 休みの間にできるのか)。
- 申し込みだけしておいて、夕方に頼んだ 書類を取って帰れるのか。また、後日郵送という 段取りは可能か。
- 事前に届出用紙を自宅に送ってもらい、 記入したものを送り返しておき、窓口に行ったら すぐに証明書がもらえるサービスはないのか。
これら1〜4のように、民間企業の感 覚からすればあってほしいはずのサービスメニュ ーは書いていない。また、そのような特例的なサ ービスの依頼や問い合わせを実際にどこにすれば いいのかもよくわからない。
(3)改善策
前述のような問題意識に沿って考えてみると、 「窓口」業務の改善を考えるにあたって考慮すべ き事項は「窓口」そのもののあり方だけではない ということに気づく。
第一に、住民側からすれば、窓口にまったく足 を運ばずに手続きが済むのが理想である。改善策 を考えるにあたり、原点をここに据えるというの は非常に大事なことである。電話一本、あるいは ファックスやインターネットで、窓口業務がすべ てできないものか。本人の証明や実印が必要とい った障害はあるだろうが、本当にすべての手続き が今のように厳重である必要はあるのだろうか。 第二に、仮に本人もしくは代理人が来なくては いけないとしても、来てトラブルが発生するリス クをできるかぎり事前に減らすことはできないか 。例えば、何かの書類や印鑑を忘れてきた人に関 しては、手続きの大半を済ませておき、後日、不 備な書類を郵送すれば、すべてが片づくといった 臨機応変な対応はとれないのか。
民間企業の場合、カウンターでの対応業務は一 分一秒を争って時間短縮の努力をしている。例え ば、レンタカーの場合、顧客登録をしておけば、 電話予約の時にも会員番号を言うだけで申込書を 事前にコンピュータで作成してくれる。本人はサ イン一つでキーを受け取り、車を借りる。書類の 手続きをするのに列に並んで待つ、という光景は もはや珍しい。飛行機やJR、コンサートの切符 にしても、会員制の電話予約サービスがあって、 電話だけで指定席を予約し、決済はクレジットカ ードで後日引き落とす。駅やコンビニエンススト アに行って、機械に暗証番号を入れると、切符を 受け取りすぐ使える。行政サービスが、資本投下 してまでこれをやるべきかどうかは疑問だが、「 時間短縮」のニーズに対する感度はもっと磨く必 要がある。
もちろん、忙しいビジネスマンだけが利用者で はない。雑談もしながらゆっくりといろいろな相 談をしたいという老人も、大事な顧客である。北 九州市は「よろず相談窓口」という高齢者相談コ ーナーを置いている。家のことから住民票をとる にはどうしたらいいかなど、ちょっと時間がかか りそうな高齢者専用に設けている窓口である。こ れは「とにかくこの窓口に来てください。そうす ればすべて対応します」というものだそうで、そ の結果、高齢者がよく来てくれるようになり、お 互いの顔が見れるようになるという効果があった とのことである。住民登録や国民保険などの提供 サービスの窓口区分をやめて、急いでいる人はど の窓口に申し出てもよい、といったような「フリ ー対応システム」や老人相談専用コーナーの導入 を考えてもいい。
流通業や金融業などでは、窓口サービスの効率 化とサービス改善に同時に取り組んでいる。専門 のコンサルタントがいるし、コンピュータのソフ トパッケージの開発も行われている。「時間短縮 」は行政側のコストや人員の削減にもつながるし 、サービス向上にもつながる重要な着眼点である 。なるべく窓口に人が来なくてよいようにし、ま た、来た場合も滞留時間がほとんどなくて済む、 という円滑な仕組みを理想とするべきだろう。そ うすれば、利用者は助かるし、フロアの面積も人 でも削れて一石二鳥である。
第三に、職員の仕事の定義そのものを変えられ ないか。例えば、料金と引き替えに単に証明書を 渡すといった単純な作業や、書式に則った届出を しているかどうかをチェックして書類を受理する だけの仕事などは、すべて派遣会社の職員に任せ る。正規の職員はむしろ、外からかかってくる電 話の難しいケースに対する相談にシフトする。
さらにいえば、このような職員は必ずしも窓口 にいる必要はない。難しい問題が発生したときは 、他の出張所の手の空いたベテラン職員が窓口に いる顧客に対して電話で説明する。在宅の職員O Bが専門のカウンセラーとして自宅で電話で対応 することも可能だ。このように考えていけば、支 所も、市役所の本庁舎も数分の一のスペースです む。現に、銀行などでは今、支店の統廃合が盛ん に行われている。支店を廃止して単にATMコー ナーだけを残し、難しい問い合わせに対してはむ しろテレフォンバンキングで対応する体制に移り つつある。真の行政サービス改革、行政改革は、 このレベルまでやる必要がある。
以上述べてきたように、単に窓口というケース をとってみても、改善の余地は極めて広い。また 、従来の常識に対しては予め、次のような反論が 用意できる。
- 役所での手続きの際に、本人が、しかも印鑑 や身分証明書を携えて正規の職員のもとにわざわ ざ出向くという、時代錯誤の慣行の社会コストは 極めて大きい。まずは、ちょっとしたことにも、 本人がいちいち窓口に行くという時間コストや交 通費。これが、例えば、電話、ファックス、イン ターネットでできるようになると、さらに外注業 者に作業を委託することも可能になる。外注化で 役所のコストも下がる。今は、本人が出頭しなけ ればいけないという規則があるので、それに対応 するのも正規の職員でなければいけない。だが、 代理申請やファックス、郵送もOKとなった途端 、時間も手間もコストも激減する。
- 大幅なサービスの向上とコストダウンは同時 にできる。電話による事前相談や、忙しい人のた めに郵送で書類を返送する、といったような追加 サービスを開始すると、現場のワークロードも平 準化される。ピーク時に合わせて、窓口に人員を 多めに張りつけておく必要性も減る。まさに、飛 躍的なサービスの改善とコストダウンは同時にで きるとはこのことをいう。
- 効率化が職員の士気を殺ぐ、というのも疑っ てみるべきである。単なる雑用業務を極力削り、 外注化あるいは機械化することにより、職員はよ り高度な判断業務をやる余裕がでてくる。問題を 抱えた利用者の悩みに直接対峙し、臨機応変に答 を出す。これこそがやりがいのある対市民サービ ス業務である。
- 雇用の問題があるから改革はできない、とい う言い訳は職員のエゴだ。機械化をするといって も、誰かが電子メールへの回答を打ち込み、また 電話での対応をしなくてはいけない。こうした業 務に携わる正規の職員は減るかもしれないが、外 注先も含めたトータルの仕事量は、質こそ変わる が必ずしも減るかどうかわからない。
2。ある市民センターのケース
(1)施設の概要と既存の改善活動最近の行政機関は、いろいろな「センター」を もっている。保健センターしかり、市民センター しかり。だが、中に入ってみると、施設の半分は 総理府から補助金をもらった青少年育成関係ある いは女性問題関係で、残りの半分は文部省からお 金をもらった市民教育関係だったりして、なかな か統一的なコンセプトがわきにくい施設が多い。 我々が調査した施設もこの一例だった。中には、 女性問題コーナーや青少年育成関係のコーナーが あり、その横で地元の老人たちが囲碁将棋をやっ ている。これは、お寺のお堂みたいな畳の部屋だ が、階上では彫刻の市民教室が開かれていた。何 の施設やら、即座には理解し難いものがあった。
さて、このような施設の評価は、提供している サービスのタイプ別に切り分けて、作業をする。 まず、相談窓口は、広く一般市民が利用するサー ビス施設と考える必要はない。市役所が講師を依 頼して主催している生涯教育のセミナーについて 見れば、これは公営のカルチャーセンターであり 、実は、地元の新聞社がやっているカルチャース クールと競合関係にある事業だといえる。たくさ んある教室、会議室は、低額でどこの誰でも使え る。これは、近くのホテルの会議室と同じ機能の 安売りでしかない。このような実態のセンターの 評価をするにあたっては、単に漫然と訪問客全体 の満足度調査をやって論ずるわけにはいかない。
(2)PIPI研究会の問題意識と改善の余地
施設のハード面に関しては、過去のアンケート 調査の結果、あまり問題がないということがわか っていた。問題はソフト面である。例えば、サー ビスそのもの以外に、施設全体のシステムのつく り方(あつらえ方、演出の仕方)も重要である。 とくに、初めての人が施設に入ったときの基本的 なわかりやすさや施設のコンセプトや構成がすぐ わかるような、体系だった案内・誘導表示システ ムや掲示板、他の施設とのつながりがわかる検索 システムなども大切だろう。さて、これ以外は、 先ほど述べたサービスのタイプ別(相談業務を除 く)に考える。
1.生涯教育セミナー業務
この業務は、施設の利用というよりも、セミナ ーの中身そのものの企画力あるいは事前の案内の 仕方などが大切だろう。実は、場所は出前をして もいいし、どこでやってもいいはずだ。だとすれ ば、そもそも近隣住民に対して、どういうセミナ ーをやってほしいのかとか、どういう講師が理想 か、といったような内容についての事前調査が必 要だろう。施設、回数といったセミナーの運営事 務局の視点からの調査よりも、講座というソフト ・コンテンツに対する目利きを補うための調査と 考えるべきだろう。なお、施設のハード面からの 調査にあまり意味がないのは言うまでもない。
2.会議室の貸出業務
この業務に関しては、そもそも行政が自ら運営 する必要があるのかという根源的な疑問がわく。 市の施設として安い料金を保つという意味はある 。だが、予約や設備のメンテナンス、清掃などを 、市の職員がやる必要はない。こうした業務全体 を民間企業に委託してしまう、いわば「公設民営 」が有効だろう。料金の授受や部屋の稼働率の管 理などは、例えば、市内のホテルや専門業者に委 託する。そうすればスケールメリットも出てくる し、プロの会議場の運営の能力が導入できる。予 約のために張りつける人員もホテルに任せればゼ ロで済むし、受付時間の延長もできる。市が施設 を所有するからといって、公務員が運営までやる 必要はない。
3。まとめ
以上、たまたま二つの施設の例を見てみた。読 者の中には、とてもこのようなことは実行できな い、あの規則、この規則があり、組合や市民団体 も反対するに違いない、と危惧される向きもある に違いない。しかしながら、本来の顧客満足の追 求、ひいては行政改革とはこれぐらいのことをや って当然だ。わが国では、行政改革というと、予算を削った り、人員の新規採用をストップしたり、といった ような非常にささやかなケチケチ運動か、あるい はできもしない極端な民営化論を審議会、議会で 単に論じるだけ、という極端な二つの方向に分か れている。だが、本当の行政改革というのは、P IPI活動のように現場の職員が住民のニーズを くみ取りながら、対話をやり数字とデータをもと に最後は思い切った業務プロセスの改革に至る、 というものである。
もっといえば、本庁組織の統廃合や局の数を減 らすといったことは、対住民サービスという意味 ではまったくインパクトがない。むしろ、住民の 目に触れやすいサービスや施設でコスト改善とサ ービス向上を同時に行うべきである。そうすれば 、行政に対する住民の不信感も払拭できる。意識 の高い住民が中心になって行革を支援してくれる と、その後の好循環も期待できる。そして同時に 、業務の中身も、本来公務員がやるべき付加価値 の高い、あるいはハイタッチな仕事に変わってい くはずである。
一部の公務員は、慣れ親しんだ業務を離れ、よ り高度な業務に移行したり、合理化によって転職 を余儀なくされたりする。だが、いずれにせよ、 現在の財政状況の中では、現行システムの維持は できない。であれば、じり貧になる前に、コスト を切り下げ、サービス向上をし、公務員も住民も 組合も気持ちよく前向きの課題に取り組む方向に 進むべきではないか。財政再建の議論も結構だが 、PIPIのような現場の地道な活動を通じて、 具体的な業務改革やそのサービス向上に取り組む べきではないか。
なお、PIPI研究会は、今回のような実地調 査を本年も継続する予定である。今後は、図書館 、美術館、ディケアセンター、スポーツ施設、バ ス・地下鉄、ごみ収集、給食センターなどを調査 したい。調査を受け入れてもよいという自治体、 もしくは一緒に調査に参加したいという研究者、 公務員、シンクタンク、コンサルタント等のプロ の方がおられれば、是非ご一報いただきたい。 (連絡先:マッキンゼー日本支社・上山信一事務 所内、行政経営フォーラム・PIPI研究会宛: ファックス番号03−5562−2217)
(※本文章は執筆者原文のものです。掲載のものとは若干異なります)