時事通信社「地方行政」掲載前草稿
連載:行政サービスにマーケティング手法の導入を
第二回 『交通局での本格的マーケティングの事例
(ニューヨーク市地下鉄・バス)』
上山信一
(マッキンゼー日本支社パートナー 行政経営フォーラム主宰)
はじめに
前回は、なぜ行政にマーケティング手法を導入すべきか、その概略をお話した。今回からは、米国事例を中心にケースをご紹介していきたい。なぜ米国事例を見るべきか、理由は三つある。1.米国では、民間企業のみならず、官庁もNPO(非営利法人)も含め、あらゆる組織にTQM(トータルクォリティマネジメント)の活動が浸透し始め、行政改革という動き以前に、業務改革の推進と顧客サービスの向上という、大きな社会的な流れが生じている。日本では、企業ではこの手法は常識化しているが、行政機関はもとより、流通サービス業などでもこの手法は十分には一般化していない。TQMの考え方は、むしろ日本が発達させたかものである。戦後間もない時期に、デミング博士が提唱したクォリティサークル活動を、トヨタなどの日本企業が導入し、それを徹底的に研究して、生産性改善に生かしてきた。が、日本国内に、それが十分広がらないうちに、米国がそれを逆輸入して、世の中全体でTQM活動に取り組んでいる、という流れがある。
2.米国のサービス業では、官民を問わず「サービススタンダード」というものをつくって、その水準を達成していないと、業界団体に加盟できないとか、消費者団体から批判される、といったような慣行がある。
3.ご存じのように、米国は人材の流動性が高く、行政機関の幹部から末端の職員にいたるまで、民間企業出身の人材が要所要所にいる。こうした人たちが、民間企業で培ったTQMやCSの手法をパブリックマネジメントの世界に持ち込んでいる。
以上のような社会的な背景をもとに、米国では日本より一歩進んで、「行政マーケティング」が広がりつつある。
一。ニューヨーク市交通局の概要
ニューヨーク市交通局( New York City Transit )は、年間予算約三千億円の非営利事業団である。名前に「ニューヨーク」とあるとおり、ニューヨーク市の地下鉄、バス、通勤電車、有料の橋などの経営をしているが、実は、経営主体はニューヨーク州である。市は経営委員会(ボード)のメンバーの一部を任命して、補助金を供出しているだけである。経営状態は、米国の他の都市の交通局と同様、決してよくないが、補助金依存率(運賃で賄えないコストの率)は四〇%にとどまっており、ボストンの八〇%、あるいは全米平均の六〇%に比べると、かなり健全な経営といえる。ただし、三つの問題を構造的に抱えている。
第一に、管轄範囲があまりに広く、複雑で、管理が大変だということ。第二に、主に地下鉄の話だが、老朽化していて、おまけに路線が継ぎはぎだらけで不統一なため、ネットワーク的な運営効率がきわめて悪いということ。第三に、八〇年代に、さんざん世界に悪名をはせた地下鉄での犯罪のイメージが尾を引いていて、昼間の空いた時間帯にはまだまだ乗客が他の交通機関に流れてしまうこと、である。
二。改革の歴史
行政マーケティングの導入状況をご報告する前に、八〇年代以来の地下鉄事業の改革の歴史について、ふれておきたい。〈第一段階:八〇年代〉
八〇年代は、平均四千マイルごとに車両と線路のメンテナンス不足で電車がストップする、というところにまで追い込まれていた。車両はオーバーホールしないと使えなくなっていたし、線路は十五年かけてリニューアルして、最近やっと問題がなくなった、という状況である。なぜ、ここまで悪化したかというと、予算不足が原因である。あまりにひどいので、八〇年代中ごろに、州知事が乗り出して、連邦政府から補助金をもらい、財界の支持も得て、リノベーションプログラムがやってスタートした。このころは、とにかく、毎日きちんと走らせよう(bring basics back )とか、システムの維持( save the system)といった、日本では考えられないような、あたり前のことが目標として掲げられていた。それをやるだけで精一杯の状況であった。
〈第二段階:九〇年代〉
次のステップとして、交通局が取り組んだのは乗客数を上げることであった。もっと厳密にいうと、市民の移動手段(バス、タクシー、自家用車などさまざま)に占める地下鉄のシェアをマーケットシェアと考え、これをいかにして上げるか、が次の目的になった。このころ、乗客数はほぼ横ばいだが、シェアはじりじりと落ちてきていた。本来、獲得できるべき乗客が他の交通機関に流れてしまっているのをいかに防ぐか、がこの課題であった。これは、赤字問題を解決するというのみならず、職員の雇用を維持するという観点からも、必須のテーマであった。
具体的には次の五つのことを行った。
1.他人にいちいち聞かなくても、駅や車両の中の表示を見ただけで、自分はいまどこにいて、どこで乗り換えたり、どの出口から出ればよいのか、地下鉄の利用方法がすぐわかるようにした。
2.駅や車両のアメニティ。ごみがない、臭わない、落書きがない、ようにした。
3.治安問題で不安を与えないこと。これは、典型的には、オフピーク時に人影もまばらなホームで電車を待っていて身の危険を感じないための工夫である。
4.駅のデザイン。これがなぜ重要かというと、駅が暗いイメージだと、心理的に犯罪への危惧を与えてしまうので、駅のイメージを大きく変えることが重要だった。
5.シームレス化。路線間の乗り継ぎをうまくできるように、ダイヤを組み替えてフォームで待たせないとか、地下鉄とバスの乗り継ぎ割引料金体系をつくる、といったようなことである。
以上のようなマーケットシェア向上戦略の中核にあったのは、オフピーク時の乗客を増やすことだった。実際のところ、犯罪は、八〇年代に比べて九〇年代に入るとほとんどなくなったが、一時の凶悪なイメージが残って、乗客が増えない。これをどうするのかが重要な課題だった。ここに、マーケティング手法が必要になる大きな背景があったわけである。
三。ニューヨーク市交通局の行政マーケティングの導入状況
マーケットシェアを上げるという目的にむけて実施していることは、大きく分けて次の四つである。1.苦情処理体制の整備。
2.地下鉄車両・バス車両・駅の便益およびサービス水準のモニター調査(Passeger Environment Surveyという手法を使う)。
3.利用者の利用状況と満足度の定点観測(ここでは Transportation Panel Surveyという調査手法を使う)。
4.新型車両のレイアウトやデザインなどの決定プロセスに対する市民参画(decision pollという手法を使う)。〈苦情処理〉
1.の苦情処理については、特段、大きな工夫をしているわけではない、ということであった。これは、特定個人が特定の体験(例えば、あるバスの運転手のミスターXが私に対してぞんざいな態度をとった、というようなこと)をしたことによる、衝動的な苦情が九割以上を占める。こうした苦情は、丁寧に聞いて、あまりにひどい場合にのみ、リアクションをとっている。ここで重要なのは、ともかく相手の苦情をよく聞くという姿勢である。十分に聞くという態度を示すことで、苦情を出した人の怒りを静めるということを、電話と窓口で行っている。
〈地下鉄車両・バス車両・駅の便益およびサービス水準のモニター調査〉
2.のモニター調査については、一九八〇年代半ばから始めて、三ヵ月ごとの調査を継続してきている。当初は、地下鉄とバスの車両が対象であったが、九〇年代に入って駅も対象とした。全部で五〇の指標(Passeger Environment Indicator)について、状況が数値で測定され、各部局にそれがフィードバックされる。この指標項目は、かつては列車の運転間隔に遅れがないかとか、地図や行き先表示が不十分な駅が何%あるかといったような、単純な整備状況のチェックにとどまっていた。が、いまは駅の清潔さ、バスの運転手のアナウンスがわかりにくいとか、乗客側の感覚に関する要素も、指標に入れるようになっている。
どのような項目が測定対象になるかというと、顧客が地下鉄やバスを利用するときに、思案し、遭遇する体験の流れ( customer experience)に従って、重要なポイントをチェックする。例えば、地下鉄に乗ろうと思ったとき、まず頭をよぎるのは「危険はないのか」という懸念である。次に、「時間どおりに来るのか」ということに対する期待感、あるいは、駅が汚いとか臭わないかとか、駅で長く待たされないかとか、来た電車の行き先表示がきっちりしているかとか、車両の中の地図が破れていないかとか、こういった順序で、お客が無意識のうちにチェックしている項目を、具体的な客観指標で取ってチェックをする仕組みをつくっている。
これは、民間企業でいう歩留検査のようなもので、製品やサービスの品質を決定する重要な要素に関して、民間ではKPI(キーパフォーマンスインデックス)という名のもとに抜き出して、その実測数値の推移を定期的にチェックして、そこから安定的な品質や効率性が達成されているかをチェックする手法と、まったく同じである。TQMを行ううえでは、このパフォーマンス指標の測定は不可欠である。実際のところ、ニューヨークの地下鉄当局も、サービス品質向上活動のベースとして、この数値を使い、各現場に数値をフィードバックして改善を迫っている、ということであった。
この測定の実施主体は、オペレーション部門ではなくて、運行計画部門( Department of Operations Planning)である。運行部門が行うと、どうしても甘いお手盛りのチェックになってしまうし、また、測定結果の発表も部門間の競争をあおるような形でやらない可能性がある。したがって、こうしたTQMのモニタリング調査は、現業部門にはやらせないということであった。
三ヵ月ごとの調査をどういう風に行っているかというと、のべ六〇〜七〇人の人がすべての地下鉄路線と四〇のバスルートの実態調査をやっている。測定は、運行計画部門のスタッフがパートタイムで駆り出されて行うが、分析はフルタイムの専門スタッフが当たっている。測定するにあたっては、数値の正確性、継続一貫性を保つために、トレーニングを行っているということである。
〈利用者の利用状況と満足度の定点観測〉
2.のPasseger Environment Survey は、利用客に共用される車両や駅などがどういう状態か、を客観的に測定するものだった。交通局はこれだけでなく、利用者側の立場にたって、三ヵ月ごとに実態調査を行っている。これが、3.の Transportation Panel Survey と呼ばれるものである。
千五百人のボランティアを募って、三ヵ月ごとに専用の手帳に二日間の行動パターン(何を使って日用生活で必要な移動をしたのか)を記録してもらい、そこから交通手段別のマーケットシェアを割り出していく。ボランティアに対しては、さらに電話インタビューをして、「移動の手段をなぜ変えたか」「使ってみての満足度はどうか」など、顧客の満足度といったような主観的な要素に関しても、数値化して分析をしている。
なぜ、この調査をするかというと、第一は、マーケットシェアをいかに上げるかという関心である。第二には、お客の満足度の変化を数量的に把握して、早めに対策を講じようという関心である。
第一のマーケットシェアについていえば、他の交通機関との競争という意識がある。例えば、九八年第一四半期では、地下鉄とバスのマーケットシェアは四三%。地下鉄は前期から三%上がって二七%、といったような数値を見て、経営陣は一喜一憂する。売上げや乗客の数の把握程度はどの交通機関でもやっているが、その数値だけを見ていても、どこまでが経営努力の結果で、どこまでが外部要因(天候や季節変動、景気)の結果なのか、よく見えない。四半期ごとに継続的に定点観測してマーケットシェアを見ていくことによって、季節変動や景気変動などの要素も除去し、市交通局の地下鉄とバスの実際の競争力(販売実績)が把握できるという考え方である。最近の数値は図1のとおりで、パフォーマンスは比較的高めに安定している。
一方、第二の満足度指数(レーティング)に関しては、〇〜一〇のレーティングで、顧客に主観的な点数をつけてもらっている。これは図2のとおりである。地下鉄もバスも、九五年が底であるが、これは値上げのアナウンスをしたときである。それ以後は、最近までレーティングは上昇し続け、昨年度からは六・六から六・八あたりを維持していて、これもパフォーマンスは悪くない。
レーティングの対象になっているテーマは次の六つである。
1.スピード(移動に要する時間)
2.予定時間に着いて出発するか
3.犯罪リスクなどへの安心感
4.交通事故のリスク
5.全体としての快適性
6.バリューフォーマネー(値ごろ感)以上の六項目は、顧客満足の重要な要素であり、このどの数字が下がり出しても、市の交通局としては何かの対策をとらなければならない。このレーティングに関して、担当者へのインタビューで印象的であったことが三つある。
第一は、ちょっとしたことでも全体の好感度が大きく上がることがある、という指摘である。例えば、駅のリニューアルを一斉にやったとか、地下鉄からバスへの乗り換え割引制度を導入したなど、実質的には、特に大きな変化をもたらすことでなくても、全体の好感度が上がるという発見があったそうである。プロはよく、移動時間が変わらない限り顧客の満足度は上がらないはず、と決めつけがちだが、そうではないということがわかっている。この結果、ちょっとした新しい試みを始める場合にも、大々的にパンフレットを配ったり、駅のポスターで発表したりして、対乗客コミュニケーションにエネルギーを割くようになったということであった。
第二に、乗客は料金には極めて敏感に反応する、という指摘である。値上げを予告しただけで、満足度は大きく下がる。
第三に、三年間にわたってデータをとり続けてくるなかで、職員が自分たちのサービスが良くなってきたなあ、と思う実感のパターンとほぼ同じパターンで、乗客の満足度も上がってきている、ということがわかったそうである。職員の努力がどこまで乗客に認められているのか、ということに関しては、なかなかわかってもらえないと思いがちであったが、実際には、努力をした分だけ、乗客はレーティングを上げてくる。この相関関係が職員に対して発表されるということで、職員の改善に対する意欲が見違えるように高まった、という発見があった。
このレーティングレポートは、職員に対してはもちろん、一般市民に対しても公表されていて、経営陣からすると、最も重視する経営実績指標だということである。ちなみに、インターネットでは、こうしたデータをさらに加工して、各路線別の評価ランキングをわかりやすく市民に対して公開している。
図3は、インターネット上で公開されている地下鉄の路線別の評価表である。この表では、各路線が運賃の一・五ドルに対して、利用者から見るといくらの値打ちがあるかを、「本当の価値はいくら分」かを示す、価格表の形式で表わしている。どの路線がベストで、どの路線が最悪かが、価格とともにランキングで明快に出されており、この図で、七号線が最もランクが高いという名誉に輝いている。こうした情報を公開することで、路線担当マネジャー間の競争意識を煽ったり、また努力した分は、必ず報われるということを職員に伝えたりする工夫につなげられたりしている。
〈市民参画:ディシジョンポル〉
民間企業では、よくマーケティング調査部門というセクションがある。ここは、新商品を開発するときに、消費者のニーズ調査をしたり、製品の設計段階でいくつか案が出てきた場合、あちら立てばこちら立たずということになりがちなデザイン、設計コンセプトの選定に、消費者の意向を反映させたりすることを、よくやっている。
筆者が驚いたのは、ニューヨークの交通局にも、このマーケティング調査部門があったということである。
メンバーは八人いる。五年前にこの組織はつくられた。この部門は、いままで述べてきた二つの調査の結果も参考にしつつ、もっと新しい政策や料金体系、路線の改良などの提言を、各部門や財政当局に対して行っている。いわば、内部コンサルタントの役割を果たす。
最近の成功例として、低床式のバスの新型車両の、どのモデルを選定するかというときに、市民の嗜好調査を行った事例がある。これはどういう手順で行ったかというと、まずは、少人数の一般市民に集まってもらって、試験車両を見せたり、乗ったり、触ったりしてもらう。その人たちを部屋に集めて、フォーカスグループインタビューをして、どういう感想をもったか、どこが期待でき、どこが心配か、といったインタビューを行う。そして、そこから出てきた嗜好パターンの決め手について、さらにサンプル調査をかけていく。
ここでいう嗜好パターンの決め手とは、例えば、バスの出口のドアは後ろにあったほうがよいのか、中央にあったほうがよいのか、ということ。また、床の低いバスになると、交通事故のときに座席に坐っている人がけがをする確率が高いのではないか、といったことである。
次に、これをもとに、アンケート調査のフォーマットをつくり、二百五十人の人にバスに乗ってもらったり、見たりしてもらって検討していく。そして、最後に試運転をして、実際に利用した人に、その場でアンケートをして解答してもらう。こうした、三段階の調査を行っている。
この調査の結果、三つあった、バスの候補モデルのうちの一つが、最も乗客満足度が高いということで選定された、ということである。
なぜこのような調査をやるかというと、第一には、素人に質問しながら聞いていくと、プロの車両部門や維持管理部門の人たちが無視しがち重要な項目が早めに浮き彫りになるという点。第二には、人間工学の専門家がこうあるはずだと断言していたことでそのことに納得できなかった、交通局のエンジニアが実際の乗客のアンケートの結果を読んだり、インタビューに参加するなかで、納得していくという納得のプロセスに使えるという点。第三には、このような調査をやったという、手順そのものが、交通局に対する好感度や信頼感を高めていくというパブリシティ上の効果、である。
四。顧客指向と業務改革の関連
以上述べてきたように、ニューヨーク市交通局の改革は、二段階で進んできた。第一段階はどん底からのスタートで、デビット・ガントンという長官のリーダーシップのもと、危機感に煽られて、ともかくみんなで頑張った。その後、アラン・キーパーという新長官が、八九年に就任して、その後の展開はこの人の手腕によるところが大きかった。この新長官は「顧客指向」という言葉を掲げて、コンサルタント会社を導入したり、マーケティングリサーチ部門をつくったり、マーケットシェアとレーティングという概念を強調したり、職員の意識を内部の手続きの遵守や管理から、外向の顧客指向に変えていく、といったようないろいろな仕掛けを導入していった。
その結果、「顧客指向」という考え方は、約五年間で組織全体の戦略目標の柱になったということである。顧客満足度の指標は、いまや各部門の業績評価の指標としても使われ、十分に内部で咀嚼されているということである。あるいは、専門家やエンジニアは、顧客満足度のデータを見せると、昔は「うそだ」と言ったりもしていたが、最近は、「データの取り方が違う」という程度の反発がときおりある程度で、この顧客データに対しては、すべての職員が忠実に受け止める、という風土に変わってきたということである。
このように、「顧客指向」ということを全面に掲げることによって、改革の第二段階をうまく演出し、持続させてきたというところに、学ぶべき点が多いのではなかろうか。
五。今後の課題と日本の行政機関への意味合い
八〇年代は危機からの脱却、九〇年代に入ってからは顧客指向、というテーマで業務改革を持続してきたニューヨーク市交通局だが、今後のテーマについては、さらに意欲的な目標設定をしていた。これは、「顧客指向」という観点をさらに深めていこうという発想で、具体的には、交通局が経営をしている地下鉄やバスの交通機関だけではなくて、その他の民営鉄道や空港、長距離電車などとの連携によって、さらに乗客の満足度を高めていこうという計画である。つまり、交通局の組織の枠を超えて、他の機関と協調していこうという方向への展開であり、また、ニューヨーク市エリアという地域の枠を超えて、ニューヨーク市民の足を確保していこうという発想の広がりである。行政機関にありがちな、自分の管轄の中のことしか考えない、担当地域の住民のことしか考えない、という発想から大きく踏み出す動きが、いま出てきている。
具体的には、長距離通勤電車との乗り継ぎをやるとか、フリートランスファー料金の体系をさらに他の交通機関にも広げるとか、あるいは、行き先表示や地図なども、ニューヨーク市交通局の範囲だけではなく、利用者の立場にたって、もっと幅広く考えようといったような考え方である。さらに、この考え方の延長線上に、利用者へのサービスの向上という観点から、うまくファイナンスを訴えかけて、ラガーディア空港への延伸計画とか、グランドセントラル駅からロングアイランド鉄道に地下鉄を乗り入れていく、というような路線と施設の改革計画も持ち上がってきている。
このような意欲的な努力は、日本の読者、特に東京や大阪の周辺の人たちから見れば、さほど珍しいことではないように見えるかもしれない。都心部では、私鉄が地下鉄に乗り入れたり、空港や郊外電車の駅への延伸計画などは、東京、大阪周辺ではめじろ押しだし、地方都市でも当然のようにある。
だが、ニューヨークの事例で重要なのは、顧客に対する満足度という、実証的なデータから積み上げて、他の交通機関との乗り継ぎ問題の必要性を議論したり、あるいは、延伸計画が持ち上がってきたりしている点である。こういう投資をすれば、運賃に跳ね返るのは明らかだし、行政から補助金をもらうにしても、他の行政テーマを差し置いて、なぜいまさら地下鉄なのかという反論がされるに違いない。しかし、利用者の満足度という観点から、こうした実績調査を積み重ねて計画を提言していけば、極めて説得性が高い。日本のように、公共工事で年間何兆円を使うから、それを上から下に割り振って、東京の私鉄では何兆円使っていいというようなものではなくて、まったく逆の観点から投資計画を積み上げていっている。この点、日本は大いに参考にすべきではないだろうか。
(※本文章は執筆者原文のものです。掲載のものとは若干異なります)