時事通信社「地方行政」掲載前草稿

連載:行政サービスにマーケティング手法の導入を
第六回 『民間企業のCS手法に学ぶ(その一)
CS活動とは何か』

上山信一
(マッキンゼー日本支社パートナー 行政経営フォーラム主宰)

はじめに

 これまで五回の連載では、主に米国の事例を中心に、行政サービスにマーケティング手法がどのように適用できるかを述べてきた。今回と次回は、国内に目を転じ民間企業の例を見たい。

 言うまでもないことだが、この手法のもとは民間企業のマーケティングの手法である。現に、ニューヨークの地下鉄の場合には、民間企業のマーケティングリサーチの専門家が交通局に移籍し、顧客動向調査を行っている。また、マーケティングリサーチ会社が、民間企業のリサーチをやるかたわら、行政機関に有料でときにはボランティアで活動を支援している。このように米国では、民から官にマーケティングのノウハウが流れている。日本でも行政にマーケティング手法を入れるにあたって、企業に学べることは多い。

 ただし、民間企業と行政のマーケティングでは、二つ大きく異なる点がある。第一に、企業の場合は、誰が顧客かが非常にはっきりしていて、顧客でない人に対するサービスやそもそもサービス対象としていない人の動向は、ほとんど意識する必要がない。ところが、行政の場合は、サービスの内容にもよるが、特定の顧客に特定のサービスを行うわけにはいかない場合が多く、どうしても顧客を具体化できず、総花的になりがちだ。

 第二に、企業の場合は、顧客満足度の向上をわざわざ広報活動で知らせる必要はあまりない。良い製品を出してさえいれば、顧客がお金を出して買ってくれるわけであり、成果は売上げに如実に反映される。行政の場合は、前にも述べたが、税金を先取りしている。せっかく行ったサービス改善についても、顧客が高く評価してくれているかどうかはお金の入り方からすぐにはわからない。また、そもそも行政がサービスをしているということ自体が知られていないという場合もある。企業の広告宣伝に比べれば、もっと難しいコミュニケーションの問題を抱えている。

 以上、二つの点で官と民は大きく違う。しかし、顧客にニーズを調査し、そこからわかったことを業務の改革につなげていくという活動自体に差はない。したがって、ここの部分の活動に焦点をしぼって民間企業の事例を見よう。

 民間企業では、顧客の満足度を継続的に調査し改善に生かしていく活動をCS(カスタマー・サティスファクション)活動と呼んでおり、ノウハウもかなり体系化されている。

 ちなみに、図1は「CS」というキーワードで新聞記事検索をして出てきた企業のリストである。業種は、自動車、電気機器、精密機器、小売り・外食業、その他サービス業、あるいは消費財・医薬品まで多岐にわたっている。特に興味深いのは、九〇年代に入って、自動車や電気機器、精密機器など、もともとは物(ハード)を売っている業界でも、アフターサービスなどが顧客のメーカー選別の決め手になり、CS活動に取り組み始めたという点である。

 また図2にまとめたとおり、いわゆる護送船団方式の業界で比較的競争がなかった金融・運輸などの規制業種でも、九〇年代に入って、CS活動が始まっている。

 今回は、国内の行政マンがどのような企業のどんな活動に学ぶべきかという観点から、具体的な数社の例をもとに、このCS活動をご紹介してみたいと思う。

一。CS活動とは何か

 CS活動とは、自社のサービスに対する顧客の評価と満足の度合いを定期的に定量調査し、その結果をもとに店頭での対応や製品・サービスの中身の改善に役立てていく活動である。企業が顧客ニーズを調査するのは日常業務であり、それ自体珍しくない。だが、顧客満足度(CS)調査は単なる市場調査や顧客ニーズ調査とは違う。具体的に見てみよう。

〈1.満足の要素すべてを評価〉

 まず第一に、顧客ニーズ調査は、製品あるいはサービスそのものについて、消費者がどう評価したかということだけを聞くのに対して、顧客満足度調査は、商品の売り方などの「インターフェース」や、ブランドや企業イメージへの期待や信頼感にまで踏み込んで、顧客の立場から見た満足の要素すべてを調査の対象とする。顧客ニーズ調査であれば、狭い意味の製品・サービス評価の対象は、直接提供する製品やサービスとその対価のバランスが取れているかどうかに終始する。が一方、顧客満足度調査は、売る前および売った後のサービスなども含めたトータルな顧客の満足度をきっちりと定量化し、継続的にウォッチするものである(図3を参照)。

 顧客満足度調査に「インターフェース」が含まれるということについて、もう少し具体的に見てみよう。図4にあるとおり、ある産業用装置メーカーでは、インターフェースを構成する要素そのものまで洗い出し、それぞれが顧客から見てどの程度重要かということと、その各要素がこのメーカーに対する顧客の満足度のトータルにどれくらい相関しているかということ、まで分析している。

 実線が顧客側から見たそれぞれの項目の重要度である。例えば図4のa.の「日常のコンタクト」という部分では、迅速な対応力が最も重要で、人当たりに関しては実は、あまり重要ではない。一方、点線のほうは満足度との相関関係を表わしている。最大値は相関係数一・〇という数値である。これを見ると、a.の「日常のコンタクト」というのは、どの項目についても満足度と高い相関にあることがわかる。d.の「商品」そのものの品質に関しては、相関係数は項目によってずいぶん違う。例えば、イニシャルコスト(買う時の値段)は満足度との相関係数がゼロに近い。単に値段が高いからというだけでは、満足度は左右されないのである。

 このような分析をして何がわかるのだろうか。答は、重要項目で相関係数が高い数値を示しているもの、つまり、実線と点線のどちらもが比較的上のほうにある項目に、手間と時間をかけるべきだということである。左から順に見ていくと、a.の「日常のコンタクト」の迅速な対応力というのは、お客さんから見て重要だし、満足度との相関関係が非常に高い。スピードは極めて重要な要素だ。同様に重要なのはe.の「保守クレーム対応」の際の、窓口の明確さと迅速な対応力である。これも、重要で満足度との相関係数が高い。一方、相関係数は高いが顧客から見るとそれほど重要でもない項目がa.の「日常のコンタクト」における人当たり、あるいはc.の「納入・施工の対応力」の工程進捗状況の報告である。これらは、努力をすればした分だけお客さんは評価してくれるが、それは全体としての企業に対する満足度の構成要素のごくわずかの分でしかない、ということがいえる。

〈2.重要顧客に特にフォーカス〉

 顧客満足度調査の目的は、多くの場合、企業にとって重要な固定客に的をしぼって、その満足度を上げて安定収益の確保をめざそうというところにある。かつて高度成長の時期には、市場そのものが成長していた。そこで、マーケットシェアさえ獲得すれば成長は保証されていた。だが、成熟経済の下では、シェア獲得競争よりもいったん獲得した顧客をどうやって維持するかということのほうが重要だし、効率もよい。固定客にとって重要なサービス項目が何かを知り、そしてその現在の満足度をさらに上げて「ロックイン」する、つまり競合企業に取られないようにするのである。したがって、CS活動は単なる「お客様に親切をしましょう」という運動ではなく、限られた経営資源をどこに投入するかという重要な戦略判断につながってくるわけである。もちろんこれは、うがった見方をすれば、「大事な顧客が気にしていることだけにみんなで集中しましょう」という考え方であり、「残された客はどうでもいいのか」という疑問が残る。こうした考え方が一〇〇%行政で使えるはずがないのも当然だろう。

〈3.顧客満足度は経営判断が重要指標〉

 企業の経営管理の対象は、高度化し、また複雑化している。かつては売上げと利益だけを見ていればよかったが、いまはいったん来たお客さんがまた来てくれているかどうかとか、固定客が友人知人に当社の製品を推奨してくれるかどうか、といった二次的な事項についても、数値を把握し管理する必要がある。CS調査は、まさにこうした従来なら定性的に目に見えない形で処理されていた項目について、数値で定期的にチェックし、そのレベルまで下りていって従業員の行動を管理しようという、経営管理手法としての側面をもっている。

 例えば、図5は数年前に日本航空が国内線のCS調査を行ったときの結果である。半数以上の人が利用して「満足」もしくは「たいへん満足」と答えている。さらに再利用するか、ということを聞いてみると、「満足」した人については九割以上が「再利用する」と答え、しかも「たいへん満足」したと答えた人については、八割が「必ず勧める」という高い数値を示している。

 このように顧客満足度は、リピーターづくりのみならず、口コミによるマーケティングのパワーに直結してくるわけである。このように見ていくと、企業が顧客満足度の調査やCS活動に資金と手間を投入する理由がはっきりわかる。

二。具体的な事例

 さらに、国内の企業について、具体的な事例を見てみよう。CS活動で成功しているといわれる会社は数多いが、ここでは、日本マクドナルドと富士ゼロックスのケースを見てみたい。

〈日本マクドナルドのCS活動〉

 日本マクドナルドは一九八〇年以降、十六年間連続、外食産業売上げ第一位を達成している。また、図6にあるように、利用者以外も含めた一般調査を見ても、「お店の人の対応の感じよさ」および「サービスのスピード」の二点において、競合のモスバーガーやケンタッキーフライドチキン、ロッテリアなどよりも高い満足度の数値を獲得している。この背景には、徹底したCS活動がある。図7にあるように、マクドナルドは三つの角度でマーケットデータを取っている。

 まず基本にあるのは、年に一回の「基本品質評価」である。これは、ハンバーガーの品質やサービスのスピード、清潔さなどの基本的な項目について、店長とオペレーション・コンサルタント(各店のサービス状況をチェックする専門家)が定期的に点検を行う。問題点があれば、改善策を討議してその後にまた点検をする。結果は、全国店舗のランキングの形で発表され、また、直営店の店長の人事評価に反映される。この調査のミソは、まずは自己点検をさせながらも専門知識をもった第三者が客観的なチェックをしている、という組み合わせの妙である。

 第二に、年二回「顧客満足度調査」を行っている。これは東西約千ずつ、合計二千のサンプルを取っているが、基本的なサービス項目について、顧客が主観的にどう感じたかを調査している。調査は各店舗ごとに行われ、結果も店舗別にフィードバックされる。評価は具体的なサービスに対する顧客の直接的な感想だけではない。マクドナルドに対するイメージも含んだ、顧客の感じる主観的な尺度に沿った満足度の調査をしている。もちろん、顧客の無理解や虫の居どころによって満足度が左右されることもある。だが、それも含めて「お客様の声は神様の声」という発想に立って、出てきた結果を素直に受け止めて改善に生かそうという姿勢で運営されている。

 第三は、年四回行われる「顧客動向調査」である。これは、マクドナルドの利用者以外も含む。都市の住民を対象に訪問調査を行う。日頃どんな飲食店を利用しているか、また、それぞれの飲食店に対して満足、あるいは不満足があるのか、といったことを聞く。当然、ライバルの評価も聞くし、「絶対にマクドナルドには行かない」という顧客の声にも耳を向ける。ここから出てきた調査結果は、競合企業の動向分析や今後の出店計画などの経営戦略に生かされる(図7参照)。

 以上、三つの調査を積み重ねて、マクドナルドは顧客満足度の向上を図っているわけである。興味深いのは「顧客動向調査」が年四回と最も多く、次に「顧客満足度調査」が年二回で、「基本品質評価」はわずかに年一回、という頻度の差である。最も基本的なことはできているはずという前提に立ち、その調査は年に一回にとどめ、むしろ、店舗に来ていない顧客も含めた幅広い世間の動向については、年に四回もきめ細かく聞いているという姿勢である。自分の店に来た顧客さえ満足していればよいという考え方ではなく、絶対に来ないというアンチマクドナルドの顧客の動きも含めて把握しようという姿勢は、かなり意欲的なCS活動だと見てよいだろう。

 ちなみに連載の第二回でご紹介した、ニューヨークの地下鉄のケースの場合も、この三つの角度からの調査を行っている。そこでご紹介した、地下鉄バスの車両・駅の便益・サービス水準のモニター調査(パッセンジャー・エンバイラメント・サーベイ)は、基本品質調査に相当する。また、トランスポーテーション・パネル・サーベイというボランティアの市民千五百人を動員して行う、利用者の利用状況と満足度の定点観測活動は、顧客満足度調査と顧客動向調査の二つに対応するわけである。

〈富士ゼロックス〉

 富士ゼロックスでは、三つのルートから顧客の声を収集している(図8を参照)。第一は「顧客満足度調査」である。これは年に二回、それぞれ約二万サンプルのデータを収集する。内容は、製品の品質、保守サービス、営業担当者などについての五段階評価とフリーアンサーから成る。

 第二の収集ルートは「お客様相談センター」にかかってくる、フリーダイヤルの電話の内容である。これには、苦情や質問などさまざまな情報が入ってくる。

 第三は「営業第一線」からの「お客様の声連絡票」である。これは、トラブルになったこととか、苦情などを他のセクションにきっちり伝えるという趣旨で、紙に書いた形で回収される。

 同社はこうして集めた顧客の声をどのように活用しているのだろうか。まずは、定常業務に速やかに情報が回され、改善活動が行われる。当然、担当各部門に情報が回され、例えば営業部門では「お客様満足度向上対策書」などの形で、具体的な対策が固められる。次には、経営判断への活用である。幹部に調査の要約が配布される。

 さらに徹底しているのは、すべての情報を集約して年に二回「商品品質決算書」の形でまとめられて、マネジャー以上の業績評価に結果が反映されることである。また、経営会議で対応策や方針などの討議も行われる。最終的には、新商品の開発コンセプトや組織機構の見直し、年度の経営計画の策定にも直結する。CS調査の結果をここまで経営判断に反映させる会社はそう多くはない。

 (※本文章は執筆者原文のものです。掲載のものとは若干異なります)