時事通信社「地方行政」掲載前草稿

連載:行政サービスにマーケティング手法の導入を
第七回 『民間企業のCS手法に学ぶ(その二)
CS調査の活用法』

上山信一
(マッキンゼー日本支社パートナー 行政経営フォーラム主宰)

はじめに

 前回は、民間企業のCS活動がどのようなものかをご紹介した。今回は、さらに具体的に、CS調査が企業の改善活動にどのように反映され、またどういう成果をあげているかということについて考えてみたい。

一。サービススタンダードの設定

 CS調査を定期的にくり返していくうちに、顧客が求めているサービスのレベルが次第にはっきりしてくる。それに沿って、サービスの基準を決めている企業は多い。

 例えば、日本マクドナルドの場合は、図1にあるように、サービスのスピードについてきめ細かな基準を設定している。これを見てわかるように、通常の店頭の場合は、訪問客はかなり待ってくれるが、それでも列に並んでから物が出てくるまで三分が許容限度である。一方、ドライブスルー方式の場合、顧客はもっとせっかちである。秒単位のサービスがここでは求められる。「車に乗ると人格が変わる」というが、それはこのようなデータにも現われている。ドライバーはせっかちなのである。

 もう一つ、例を見てみよう。図2は、松下電器がパナショップという販売店向けに出している、サービスプログラムのメニューである。各販売店に対するガイドラインと考えてよい。横に並んでいる五つのジャンルがサービスのタイプである。パナショップの各販売店は、これら五つのジャンルについてそれぞれ一つ以上、最低五項目を選択して完全実施することが求められる。

 これはどういうことかといえば、メーカー側が販売店に対して、最終顧客にここまで細かくサービスするように指導しているというわけである。松下電器の立場からすれば、いくら良い電気製品を安く作って売り出していても、販売店の対応が悪ければ結局、他のメーカーにお客が流れるという憂き目にあうことになる。ひいては「松下」というブランドに対する信頼感を失うことにもつながる。したがって、目に見えないこのようなレベルのサービスに関しても、きめ細かく対応しているわけである。

 行政分野でこれに対応するものといえば、英国の「市民憲章(Citizen's Charter)」があげられる。詳しくは、拙著『行政評価の時代』(NTT出版)をご覧いただきたいが、英国のメジャー政権は八〇年代に入ってから、病院患者の憲章、旅行者の憲章といったサービス基準を設定し発表している。入院患者は二週間以上待たされることなく入院できるとか、税金の対価として政府が市民に対して約束するサービスの基準が、具体的に明記されている。現在ではインターネットですべてオープンにされているので一見に値する。

二。顧客満足度調査による改善活動を

 さて、民間企業がCS向上のために行う活動には、三つのレベルがある(図3を参照)。最も単純なレベルは、顧客の苦情や要望などを調査して、現場にそれをフィードバックして、店頭の美化やマナーの改善、あるいは接客方法の改善など、いわば現場の第一線の従業員の意識改革につなげるというものである(レベル1)。前回、CS活動というキーワードでデータベースを引くと、あらゆる業界で多くの企業がCS活動に取り組んでいることがわかった、と述べた。こうした企業の活動は、ほとんどがこのレベルである。

 これより高度になると、顧客の声を定量的に調査し、何が重要な項目か、またその重要な項目について満足度を向上する方法は何か、といったような解析作業が行われる。また、重要顧客にとって重要だが満足できていない項目を改善するためにはいくらのコストがかかり、それを改善することでどれだけの収益上のインパクトがあるのか、といったような分析もなされる。このレベルになってくると、改善活動のレベルは単なる現場の運動論の域を超える。例えば、業務の流れや各部門の分担区分を変える。サービスの基準そのものを変える。少し追加の投資コストをかけてでも改善しようとする、という域に達する。日本マクドナルドやトヨタ自動車などは、このレベルの活動をしている。

 さらに高度になると、前回ご紹介した富士ゼロックスのように、CSをきっかけに製品コンセプトそのものを変えたり、全社的な経営戦略の策定にまでつなげていく。このレベルになってくると、経営者そのものが改善活動の担い手になってくるわけである。

 各レベル別に活動の事例を、もう少し具体的に見てみよう。

〈レベル1:現場レベルの改善活動の例〉

 図4は、愛知県の明治村(名鉄が経営)の事例である。ここでは、春と秋の催事の前後に入園者の満足度調査をする。ここから出てきた数値が、各部門にフィードバックされ、接客マナーの改善などに反映される。図の右にあるように、顧客との接点の各サービス項目ごとにマニュアルをつくったり、チェックリストによる点検を義務づけたり、といったような形でサービス改善が行われる。さらには、啓蒙のために東京ギフトショーや江戸東京博物館などの、他の博物館を見学に行く、といった活動にもつながっている。

〈レベル2:業務プロセスの改革〉

 顧客の満足というのは、必ずしも払った対価としての製品そのものやサービスの中身だけで決まるものではない。前回にも述べたが、特に値段の張る自動車や産業機械などの場合は、売った前よりも売った後のサービスの善し悪しが将来の受注を左右する。固定客を獲得するためには、トータルな意味での顧客満足度を上げることがカギになる。

 国内のある自動車メーカーの例を見てみよう。この会社の場合は、顧客の心理を徹底的に分析している。図5にあるように、顧客の心理は契約の前後で変わってくる。契約の前には、通常の営業対応が十分になされる。だが、問題は契約後である。顧客のほうは一日でも早く車を届けてほしいと思っている。車の性能がどの程度のものか早く知りたいとか、早く実際に運転してみたいとか、といったはやる気持ちがある。従来だと、契約が終わったあと、連絡しても営業マンがなかなかつかまらなかったり、相談への対応もあまり熱が入らないといったことが多かった。だが、CS活動のあとは、契約直後に社長名で礼状を出すとか、契約後三日以内に仕様書を届けるとか、試乗会のイベントまで実施して納車前に実体験をしてもらうなど、きめ細かいフォローがなされるようになった。もちろん、納車した後の事故の対応などにも気を配り、アフターサービスに関して、かなり大きな改善がなされたわけである。

 先ほどのパナショップの場合とも似ているが、これもメーカーが販売店のサービスの中身にまで踏み込んで指導したケースである。従来であれば、販売サービスに係わることは販売店に任せるのが当然だったし、社内でも営業本部だけが係わっていた。だが、定量的な顧客満足度調査を行って約五十五万ものサンプルを取り、購入時、三ヵ月後、さらには三年後の定期的な調査を行ったり、年間十五万件のクレームを分析したりといったような解析を通じて、契約後の顧客の気持ちへの訴求が重要だとわかった。そこにアピールしないかぎり、顧客満足度は上がらないということが実証された。この会社では、契約後の顧客に対するフォロー以外にも、合計四十のテーマ別のプロジェクトが現在では走っている。CS向上委員会のメンバーには社長や役員も入っており、車両品質分科会、国内販売分科会、あるいは海外販売分科会といった体制が組まれ、きめ細かく多面的なCS向上の活動が行われている(図6を参照)。

三。CS活動の成果

 さて、このようなCS活動の結果、何が達成できるかというと、言うまでもないが業績が向上する。図7は、マッキンゼーがある自動車メーカーに関して調査した、顧客一人当たりのマーケティング費用の比較である。新規顧客を見つけてきて説得して物を買ってもらうのに必要なコストを百とすると、いったんお客として物を買ってくれた顧客を維持してまた再購買につなげるのに必要なコストは、わずか五分の一である。したがって、固定客の高い満足度を達成できればマーケティング費用の大幅な削減ができる。現に、CS満足度の高い企業は利益率も高いし、成長率も高い(図8参照)。

 このような関係を図にまとめたものが図9である。「高いCS」が「一人あたり売上げの拡大」を促し「投資余力」を生み出して、ひいては「新規顧客開拓」の力にもなる、という好循環が働いていることがわかる。

 CS向上が企業の業績そのものに極めて直結している業界の一つに、航空業界がある。図10は、ある欧米の航空会社が大西洋線のビジネスクラスの固定客に関して、どの項目のサービスが満足度の向上に重要かを体系的に調べた、集大成の図である。これは、一目瞭然に座席の幅、あるいは食事の質といったようなものが固定客にとって極めて重要なことを示している。そして、図の左を見ればおわかりのように、売上げに示すこの固定客たちのウエートは全体の八割にも達し、一般客よりも明らかにこうしたお客の満足度を高めるほうが、収益拡大につながることがわかる。

 具体的にどのような経営判断に使えるかというと、スチュワーデスによるサービスや笑顔の質を上げるために人件費をかけるよりも、むしろ、ビジネスクラスの座席の幅を広げるために投資の資金を投入するべきである、というような優先順位がはっきりわかってくるわけである。

 行政の場合、ここまで露骨に固定客とそれ以外のお客とを区別することはできないに違いないが、行政機関とて競争と無縁というわけではない。市民ホールは隣の市のホールと顧客の獲得を争うし、病院も競争している。常連のお客さまにとって重要な項目に資源を集中していくというような発想は、これからの行政にも必要ではないだろうか。

四。他の経営手法との関係

 今回述べてきたようなCS手法は、企業の経営改善手法のうちのごく一部でしかない。歴史をたどって見てみれば、企業はQC(クオリティサークル)活動を五〇年代から六〇年代にかけて始め、品質と生産性を上げることに注力した。ここでは、製品の品質をチェックし、みんなで改善策を討議し、といったような現場改善活動が実を結んだ。その後、八〇年代に入ってからは、将来、どのような会社になりたいか、あるいはどんな部門になりたいかをみんなで討議するCI(コーポレートアイデンティティ)活動が盛んになり、現場改善より少し将来のことを考えるところに目が向けられた。戦略ということが意識されたのも、この時期の特徴だろう。

 九〇年代に入って、成熟経済の下、むしろ現在のビジネスの収益性を上げることが注視させるようになる。すると、今回述べてきたようなCS活動が盛んになってきた。さらに、リストラ、コスト削減ということで、CSと絡めていわゆるリエンジニアリング活動、もしくはBPR(ビジネス・プロセス・リデザイン)活動なども登場した。現在、先端的な企業では、CSという顧客からの情報をもとに大胆な業務プロセスの改革(BPR)につなげるというのが一般的である。社内の独善に陥りがちなBPR活動に対して、顧客の生の声をぶつけてさらに運動を持続させる、といったような相乗効果の創出が図られることが多い。

 CSというのは、考えてみれば「お客さまは神様」という信仰のうえに成り立つ経営手法である。データの威力もさることながら、お客のコメントに絶対の価値を置く。たとえ、お客さんが言っているコメントが誤解に基づくものであっても、それをまったく無視してしまうことはしない。行政の場合は、もちろん納税者や利用者がお客さんに相当するが、行政機関にCSを植えつけていくためには、そもそも顧客に対するこのような考え方を幹部から第一線までの行政マンのすべてに啓蒙していかないと、実効性が上がらないのは言うまでもない。

 (※本文章は執筆者原文のものです。掲載のものとは若干異なります)