時事通信社「地方行政」掲載前草稿
連載:行政サービスにマーケティング手法の導入を
第九回 『行政バリュー改革の実践アプローチ』
上山信一
(マッキンゼー日本支社パートナー
行政経営フォーラム主宰)
はじめに
前回まとめて述べた「行政バリュー改革」の手法を、実際にいつ、どこで、誰がどんな手順で実践すればよいのだろうか。今回は、シリーズのまとめを兼ねて、Q&A形式で導入と実践の方法について考えてみたい。
問1:どのような行政分野で行政バリュー改革の手法が威力を発揮するのか
答:この手法は、直接市民に対してサービスを行っている分野で使う。最も適用しやすいのは、利用料をとってその対価としてサービスを提供している施設である。バスや地下鉄はその典型であるし、美術館や博物館、動物園、有料の公園、プール、体育館などは評価をしやすい。このような機関は顧客の定義の作業で迷うことがない。また、サービスの目的が比較的単純で、改善もしやすい。自治体の場合、住民のなかでも、特にお金を払っている利用者の満足度に焦点を当てればよいので割り切りやすい。例えば、有料道路の場合は、利用者がドライバーだけで特定できるし、サービス改善のために何をするべきか、調査もしやすい。だが、これが一般道路になったとたん、利用者のタイプも行政サービスの目的も広がってしまい、顧客とサービスの定義そのものからかなり工夫しなくてはいけない。有料機関の次にこの手法を当てはめやすいのが、対価は取っていなくても、利用者が比較的はっきりしている行政サービスである。これは、例えば、ごみ収集、図書館、各種の相談窓口、交番などである。
利用者が必ずしも特定できない行政サービスについては、若干難しい。だが、それでも調査はできる。例えば、先ほど述べた一般道路の場合だが、特に誰のために何を改善したいのか、という目的意識さえはっきりすれば、バリュー改革は可能である。地元の人たちに向けて、渋滞に関するイライラを解消してあげたい、という仮説的な目標があるとすれば、そこに焦点をしぼってサービスと顧客を定義すればよい。ところが、漫然と一般道路のサービスの一般的な顧客の満足度を上げようということになると、ざっと考えてみても、バスやタクシーのプロのドライバー、サンデードライバー、買物の主婦の自転車、歩行者、沿道の住民、道路輸送に依存している地元の企業、さらには道路建設で潤う地元のマクロ経済、といったところまでが顧客になってしまい、話はやっかいである。また、道路に対する期待もさまざまに分かれる。だが、目的は渋滞解消ということになれば、利用者はまず、ドライバーにしぼり込める。そのなかでも、繰り返し、その道路を利用する人のみに焦点をしぼればよい。さらにセグメント分けをしても、バス、トラック、タクシー、一般商業車、レジャーの車、送り迎えの奥さんの軽自動車などが、せいぜいの区分けである。
このように、一般的な行政サービスの場合には、何をどう改善したいのか、誰のどんな不満を改善したいのかということを、最初の段階ではっきりと想定することが重要である。
問2:実態調査はどのようにすればよいのか
答:実態調査の方法は、三段階に分けて整理するとよい。第一段階は、その施設の職員と調査員(他の部門の行政マンや大学、シンクタンクなどの専門家)がブレーンストーミングをする。顧客のタイプやセグメントのイメージ、あるいは重要度、満足度などについての簡単な洗い出しをする。一つの目安は、タイプ分けが三〜五種類、セグメント分けも三〜五種類、サービス評価の項目は十個以内、そして重要度や満足度のランクづけはせいぜい五段階評価程度である。第二段階では、実際に各顧客のタイプ、セグメントに対するインタビューをする。きっちりとやるならば、いわゆるフォーカス・グループ・インタビュー(五〜七名の集団面接)の手法を取るのがよい。これは、事前に想定した質問の流れに沿って、それぞれの人の利用実績、また利用した感想などを一通りしゃべってもらい、さらに集団でブレーンストーミングをする。司会者が交通整理をしながら、何が本質的な課題なのかを討議のなかで浮き彫りにしていく、という手法である。調査員は直接、その施設の運営に携わっていないほうがよい。思い込みがあるし、利用者側が本音をいわなくなることもある。民間企業で手のこんだ調査をする時は、マジックミラーのある部屋の向こうにその製品の開発者がいて、調査部門の人が淡々と質問する様子を鏡越しに隣りの部屋で見て、微妙なニュアンスを嗅ぎ取るといった仕掛けを使う場合もある。
第三段階は、統計上意味のあるサンプル数を抽出し、それを想定したインタビューもしくはアンケートをする段階である。最も簡単な手法は、ランダムに利用者に声をかけ、一対一で五〜十分程度の時間をもらって、相手とディスカッションしながら、択一式のアンケートに答えてもらうやり方である。この際にやり取りした会話から調査員が得る印象が、実は重要である。あとで解決策を考える時には、対面調査に当たった人が非常に良い知恵を出したりすることが多い。専門業者に依頼して電話インタビューをしたり、いきなり調査表を返信用封筒付きで送るという方法も悪くはない。だが、サンプル数は少なくとも、できるだけ直接面談をしたほうが実りは多い。
なお、調査項目はあまり複雑にしないほうがよい。前にも述べたが、せいぜい十〜二十個の質問が限界で、記述式もあまり良くない。調査票の前半には、性別、年齢、職業、なぜこの施設を利用したか、利用の頻度、利用の時間帯などを簡単にチェックし、重要だと思うサービス項目を選んでもらう。次に、各項目の現在の満足度について聞き、さらに、改善を要望することについて、もしあれば口答もしくは記述式でコメントしてもらう。これが一般的な段取りである。調査の謝礼をするかどうかだが、面談の場合は必要としない場合が多い。不思議なもので、人は誰かにアドバイスを求められ助言をすると、それだけで満足する傾向がある。調査票を送り付ける時は、テレフォンカードを同封するなどの工夫がいるが、面談の場合はほとんど必要ないと考えてよい。
最後に、忘れていけないことは、調査の結果をいつ、どこで、どう使うか、またいつ市の広報誌などに発表するのか、といったことを予告しておくことである。せっかく協力した調査がどこで、どう生かされるか、あるいはその集計結果が公表させるかどうかということを、人は潜在的に気にしているものである。「この結果を次のように生かさせてもらいます」と言うと、そのこと自体が市民の満足度を上げるわけである。
問3:行政バリュー改革の担い手は誰か
答:行政バリュー改革の担い手は、言うまでもなくそれぞれの施設の職員である。館長以下、外注の警備会社の社員に至るまで、その施設で直接に対市民サービスに参加している人すべてが、この改革の担い手である。もちろん、改革プロジェクトにおける各自の役割はそれぞれ異なる。施設内での改革の場合は、いわゆる管理部門や企画部門が音頭を取るというのが常識だろうが、これはよくない。むしろ、顧客と直接の接点をもっているサービス部門に主導権を委ねるべきである。さらに理想をいえば、各部門からふだん一緒に仕事をしない人たちを集めて、館長に直接提言していくような、特別のタクスフォースをつくるとなおさらよい。例えば、美術館の場合は、受付係から一人、学芸員から一人、警備員から一人、事務部門から一人といったような人選をして、館長に直接改革案を提言するようにするのである。内部だけでなかなか改革ができない場合は、他の施設の人をメンバーに入れるとよい。例えば、よその図書館の人をメンバーに入れて、言いにくいことはその人に言ってもらう。あるいは、まったく門外漢の水道局の人に、住民の視点で「そもそも図書館は何をやっているの」といった素朴な質問を、会議のなかで提示してもらい、そのなかで日頃自分たちが気がついていないことを発掘していく、といったやり方がよい。
また、実質的な作業の担い手は、あくまでそれぞれの機関の中堅どころの職員である。この手のボトムアップ型の改革活動では、トップダウンはあまりよくない。館長が「おそらくこれはあるに違いない」といったような仮説を最初から強く出すと、調査方法そのものにバイアスを与える。また、館長はこの手の改革テーマをよく企画部門の優秀なスタッフに丸投げしたりするが、これが実は最もダメなやり方である。企画部門や予算当局はえてして、予算を査定するという視点から改革を捉えがちで、人を削る、経費を節減するといった、市民に対するサービス向上とは関係のないテーマに話を矮小化させてしまう可能性がきわめて高い。ユニークな知恵はむしろ、現場の女性職員や民間企業から来ているガードマンの口から出てきたりする。企画マンや財政マンが全面に出た改革は、多くの場合ありきたりでつまらない。また、明るくないので実効性もあがらない。そもそも彼らにそんなセンスがあれば、行政バリュー改革を敢えてやる必要はない。現状を超えようとすると、現行の企画マンや財政マンの常識を打ち砕く必要がある。
さて、最も人手を要するのは実態調査の作業である。この作業をやる時には、地元の大学や市民団体のボランティアの協力を得るのもよい。担当職員が自分たちのサービスに関して市民に直接聞く、という設定はよさそうでよくない。これも必要だがこれだけだと本音が聞けない。そこで、コストが安く、調査をされる利用者側も好感をもつのが、外部のボランティアの活用である。学生や市民ボランティアが協力してやっているということになると、回答率も上がる。マーケティング調査会社やコンサルタントを雇うという手もあるが、雇うのならば民間企業のマーケティング調査をやってる人でないと、お金を出す意味はない。いわゆる「総合計画もの」ばかりをやっている常連の研究員には、マーケティングセンスがない。また、サンプル数が多いと費用がかさむし、むしろこうしたマーケティングのプロの人たちには、アンケートの設計作業やボランティアに対する説明会などの、アドバイザーとして入ってもらったほうが効率がよい。
さて、調査結果を改善活動にどう反映させるかということになると、タクスフォースの手に負えないことがある。だが、だからといって、幹部会にかけたり館長に直訴したり、あるいはいきなり朝礼で発表したり、といったようなプロセスも実を結びにくい。一番よい方法は、データをきっちりと加工して、市民のボランティアの調査を終えての感想なども活字にし、まずは「調査レポート」の形で紙に落としてみることである。レポートをまとめる作業のなかで、本当に大事なことが何なのかはっきりしてくる。また、インタビューで得た生のコメントや、数字、データがきっちりと整理された資料があれば、本格的な改善策の議論も始めやすい。分厚いものをつくる必要はないが、きっちりとしたデータとファクトの整理をすることが先決である。それさえできれば、あとは部門別の討議にかけるのもよし、幹部会で議論してもらうのもよし、いろいろな形での討議をその報告書をもとにしてやってもらうとよい。それをどう生かすか、良い案がまとまるかは、リーダーの度量にかかっている。
なお、報告書をつくるべき理由はもう一つある。それは、協力してくれた市民に対して、調査結果をフィードバックする義務があるからである。館内の掲示板に集計結果を出すのもよし、報告書そのものが閲覧できるようにしたり、広報誌に載せたり、といったような工夫が欲しい。
問4:行政バリュー改革の成否の分かれ目はどこにあるのか
答:行政バリュー改革が成功するか否かは、一にも二にも「持続発展性」があるかどうかで決まる。単に一度、顧客満足度調査をやって改善勧告が出され、「明日からみんなで気をつけましょう」と議論をしてそれでおしまい、というのではまったく意味がない。一度決めた調査項目に関しては、三ヵ月に一度あるいは年に一度でいいから、定期的に同じ調査を繰り返し、改善の度合いを持続的にチェックしなければならない。これがいわゆる定点観測である。前回、内閣の支持率の例えを述べたが、一見、定性的あるいは主観的にしか見えない顧客満足度の数値であっても、回数を重ねるごとに、上がるには上がるなりの、下がるには下がるなりの、理由が関係者には見えてくる。ちゅっとでも気を抜くと、不思議なもので満足度の数値は下がる。気配あるいは第六感のようなものが、おもしろいほど数字に表われてくることが経験できるはずである。サービス業とはこのようなものなのである。次に重要なことは、調査結果から出てきた改善課題を一気にすべてこなそうとしないことである。顧客との接点を司る各部門(受付係、貸出係など)ごとに、改善課題は三つ程度に数をしぼるべきである。一度に五つも六つも理想的な項目を掲げ、特にそれぞれの項目が「○○の推進」とか「××への努力」といった抽象的なものであると、かけ声倒れに終わることが多い。目標はなるべくシンプルで、かつ数字を伴うものがよい。例えば、美術館の場合であれば「苦情の発生件数を現在の週に十件から週に三件以内に減らす」とか「雨の日の待ち時間を五分以内に短縮する」とか、非常にシンプルでわかりやすい目標を設定したほうがよい。
持続のために重要なことは、ほめるということである。最も励みになるのはマスコミで「○×図書館の改革」といった形で取り上げられることである。そうでなくても、「今月のMVP(モースト・バリュアブル・プレーヤー)は受付係の山田さん」といったような形で、ゲーム感覚で改革の努力をしている人を内部でも賞賛するような工夫が必要である。日本人、特に行政マンはえてして「これも悪い、あれも悪い、もっと頑張ります」といった懺悔が好きで、他人が何か努力をして頑張ったことをおおっぴらに褒めるということはあまりしない。だが、館長が例えば、月三千円でよいから積み立てて、三ヵ月に一度、頑張った人三人にちょっとした粗品を渡す、といった工夫をするだけでも、ずいぶんと士気は上がるものである。
問5:本格的な経営改革に発展させるにはどうすればよいか
答:各施設レベルでの行政バリュー改革の手法は言うまでもなく、これだけで大胆なリストラや制度変更に直結するものではない。しかし、利用者と直接接点をもっている施設であるだけに、改善に対する成果は比較的早く目に見える形で現われてくる。「あそこの図書館はすごい」という評判はあっという間に広がるし、「どうも努力をしているようだ」という気配は、市役所の中からよりむしろ市民からの声として、議員や首長の耳にも入るようになる。周りから賞賛される段階に入れば、さらに大胆な改革案を出す環境も整ってくる。住民からの支持や支援があれば、従来の慣行やあるいは各施設から見て親元に当たる本庁の担当課の基本方針、といったものに挑戦することができる。例えば、組合との協定があって夜七時以降はサービスができないといったようなケースでも、本庁の担当課と館長のレベルではルールの見直しについての交渉をやっていても埓があかなかったものが、議会や首長が乗りだして組合幹部と交渉を始めることによって一挙に解決するといった形の、一段上の経営レベルでの問題解決によって事が前に進むことが考えられる。また、マスコミの取り上げ方によっては、他の類似の機関や隣接市町村との競争原理が働く場合がある。経済雑誌などが最近よくやる企画だが、どこの町の暮らしやすさは第何位とか、図書館の充実度ならば全国では浦安市が一番、といったようなランキング評価は、その中身の妥当性、信ぴょう性はともかく、無視できない。首長や議員の関心も引く。さらに体系的に、英国の自治体監査委員会がやっているように、各行政分野について自治体のサービスのレベルを同一基準で相対評価して順位までつける、というようなことまで発展すれば、最下位の施設などでは、基本的な経営改革が行われるきっかけになるだろう。
行政サービスの改革を阻む要素は、以前にも述べたが、第一に競争原理がないこと、第二に税金が先にもらえてしまい財政的に破綻しないこと、第三に公務員制度の壁があること、である。こうした限界を突き破るためには、どうしても数値による業績評価と疑似的な競争原理の導入が必要である。他の自治体の類似サービスとの比較という段階に至れば、ささやかな、各施設レベルでの行政バリュー改革に端を発して、その分野での抜本的な経営改革を誘発する可能性もあるわけである。本来の抜本的な経営改革は、トップダウンで大きな政策や予算を変更したり、施設の建設、廃止を決めていくところにある。それがなかなか起きない現状では、このようなバリュー改革を積み重ね、それをきっかけに大胆な改革を促していくというアプローチが意外に近道ではないだろうか。
まとめ
以上、Q&Aの形で、具体的な実践方法について述べてきた。本連載では主に、各施設の中堅行政マンと幹部の方々を想定して「『行革当局発』ではない、明るい改革」の方法を訴えてきたつもりである。多くの自治体がいまやっている行政改革は、予算や人員の削減のみで、しかもそれが自己目的化している。企業の経営改革の場合は、効率改善とサービス、品質の向上を同時に行うところで本来のイノベーションが起きる。欧米の行革も単なる予算や人員の削減を超えた「バリュー・フォー・マネー」の向上に取り組んでいる。これに比べると、いまの日本の行革は、あまりにも削る一方で稚拙ではないか。これが、本稿を執筆するに至った私の動機である。厳しい環境のもとでもやり繰りをして、より良いサービスをより安く提供するという工夫が、まずは現場の各施設から生まれてくれば幸いである。さて、このように私が述べてきた行政バリュー改革の手法は、実は、各施設がその気にならなくとも、外部の人たちだけである程度行うこともできる。例えば、北関東のある市では、市役所のふだん顔を合わせない各部門のセクションの人たちが、三ヵ月間の研修プロジェクトの一つとして、コミュニティセンターのバリュー改革のための消費者調査を行った。その結果を館長が受けて、どう改革するかの参考にしている。直接、施設のなかの改革にしなくとも、館長に対して誰かがデータを提供するという形で、外の人たちのイニシアティブでまずやってみる、というアプローチも考えられる。
例えば、議員が市民団体と一緒に各施設の長の内諾を得たうえで、利用者の実態調査のプロジェクトを企画してみる方法が考えられる。また、市民団体が、大学の先生や地元のシンクタンクの協力を得て、市内の市民サービス機関の満足度調査をやって、レポートを地元の新聞に発表する、といったようなことも、やろうと思えばできる。もし中からの改革がないとすれば、このようにマスコミとタイアップして、外からの改革を迫るというような動きがあってよい。
すでに、このような動きの素地は各地に見られる。選挙の候補者を市民が自分たちの手で評価しよう、という動きが現実にある。豊橋市では、首長選挙に際して、主婦のグループである「ピープル」が候補者の事前の評価を行い、結果を公表した。また、東京では、学生のグループが「ステーツマン」という団体をつくり、地方選挙の立候補者の評価をしたりしている。こうした活動を一歩進めれば、行政サービスの評価をこうした団体が行うことも十分に考えられる。
重要なのは行政の外を取り巻くこうした団体が勉強するということ、そしてこうした活動を地元の大学やシンクタンク、マスコミなどが支援をしていく、連携のネットワークである。そこに、改革派の公務員が表であるいは裏で、外圧をテコに本来おかしいと思っていたことに敢然と挑む、という構図が設計できれば、最もインパクトは大きいのではないだろうか。行政バリュー改革は、中からの改革とこうした外からの改革の両面が連動した時に、最も大きな成果を発揮するはずである。
(※本文章は執筆者原文のものです。掲載のものとは若干異なります)