時事通信社「世界週報」掲載前草稿
『海外の行革・日本の行革 (上)』
上山信一
(マッキンゼー日本支社 パートナー)
●米英の改革に学ぶ
「変革」あるいは「改革」が時代のキーワードになってきた。多くの大企業が目先のコストダウンから一歩踏み出し、二一世紀に向けた構造改革に着手し始めた。また政府レベルでも、金融・教育・年金・医療など、さまざまな分野で見直しが始まっている。行政改革についても、橋本内閣で省庁再編の方向性が決まった。国に比べて動きの遅かった自治体レベルでも、昨年来、財政危機をきっかけに、本格的な行革の検討が進みつつある。このような一連の改革は、言うまでもなく戦後初めての経験であり、改革の方法論そのものについての戸惑いも見られる。橋本行革にしても、志は高かったが、得られた結論は省庁再編以外中身に乏しく、これとてそもそも行政の効率化にどうつながるかさっぱりわからない。さて、こんな状況の中で、まず目を向けるべきは、すでに一足早く成熟経済、あるいは高齢化社会に入りつつある欧米諸国の「改革」の経験だろう。
英国は七〇年代にいわゆる英国病にかかり、七九年のサッチャー政権の発足以来、一〇余年をかけて構造改革に取り組んだ。最近ブレア政権のもとで、ようやくその成果を得たといわれる。米国も一〇年前は、経済の低迷や財政赤字に悩まされていたが、最近はご承知のとおり極めて好調である。日本とは国情も社会制度も違うが、この米英二ヵ国の「改革」の方法論には学ぶべき点があるのではないか。
私は、大企業の経営改革を支援する経営コンサルタント、いわば「改革屋」である。実は元国家公務員でもあり、大企業の改革手法が行革にどう使えるか、について常に興味をもって考えている。本誌では、上、下二回にわたって、海外の行革関係者に対するインタビューから得た知見をもとに、日本の行革の方法論について考えてみたい。
●米国の行政改革の足取り
米国の行政改革の足取りは、三つのステップで見るとわかりやすい。七〇年代〜八〇年代の自治体の経営改革
米国の行政改革を見るうえで重要なのは、七〇年代〜八〇年代以来のオレゴン、カリフォルニア、テキサスなどの自治体レベルの改革である。連邦政府の改革は、最近やっとクリントン政権のもとに自治体のノウハウを集大成しようやく本格化したといってよい。
さて、こうした先進自治体としてよく紹介されるのが、カリフォルニア州サニーベール市、オレゴン州ポートランド市、ノースカロライナ州シャルロット市、テキサス州、フロリダ州などである。
サニーベール市は、七〇年代以来の行政改革によって、ここ一〇年間では労働生産性を四四%増加させ、市のサービスコストを三三%も低下させた。「行政改革のバチカン」とも呼ばれる。改革に使った手法は民間企業のトータル・クオリティ・マネジメント(TQM)の手法である。これは、主に現業部門の仕事を細かい作業レベルに分解し、個々の作業にかかった時間、外注費などを積み上げて、コストを厳格に二週間ごとに管理する。例えば、信号機一〇〇個を補修するのに延べ何人・時間かかったのかを定期的にデータ解析し、生産性の推移を分析する。この結果は幹部の業績評価やボーナスにも反映する。
サニーベール市は、その結果、固定資産税を五年間に一四%減税するまでに至っている。この手法は現在では、全米の多くの自治体で「執行評価(パフォーマンス・メジャメント)」の手法として普及している。
さて、行政には、補助金の付与や規制など、現業以外のさまざまな仕事がある。こうした分野で威力を発揮するのは「政策評価」の手法である。これは、議会が行政機関の資源の浪費を監視するツールとして生まれてきた。テキサス州は、議会の予算局が州の政策の実績評価と目標管理を行っている。例えば、道路の補修について住民から指摘があった場合、翌年度に対応できる比率が何%とか、具体的なサービスの質と量についての目標管理を行っている。
このような政策評価のメリットは、優先順位の高い分野に予算を優先配分する判断材料が提供されるところにある。従来は、予算当局と各部門の専門家が協議をして予算の割り振りを決めていた。だが、情報公開と絡めてこうした政策評価の結果が公表されると、議会、首長、各部門そして財政当局のそれぞれが判断、あるいは討議のベースのデータをもつことになり、客観的で質の高い政策論議が展開できるようになるわけである。
以上が七〇年代から八〇年代にかけての動きだが、九〇年代に入り、執行評価も政策評価も全米の約過半数の自治体に普及しつつあるといわれる。また、民間出身のやり手の首長が出現したインディアナ州インディアナポリス市やノースカロライナ州シャルロット市などでは、これに加えて現業業務の民営移管などが始まっている。
こうした行政評価制度の詳細については、拙著『行政評価の時代』(NTT出版)を参照していただきたい。
クリントン・ゴアの改革
このように、米国では行革の動きは自治体が先行してきた。しかし、九三年以降、クリントン政権のもとで連邦レベルでの改革も始まった。
クリントンは、選挙キャンペーンのころから行政改革をテーマの一つに掲げていた。大統領に就任すると、さっそくゴア副大統領を中心にナショナル・パフォーマンス・レビュー( National Performance Review)という見直しプロジェクトを立ち上げた。このプロジェクトを設計するうえで参考にしたのが、自治体の改革事例である。アドバイザーの一人がデビット・オズボーン氏で、彼はトッド・ゲーブラー氏と共著『行政革命( Reinventing theGovernment)』(日本能率協会マネジメントセンターから邦訳も出ている)を出版した。この本のなかでは、サニーベール市のように、民間企業の目標管理手法を行政が取り入れるとどうなるか、という事例が数多く紹介されている。クリントン、ゴアは、こうした考え方も参考にして、連邦政府の改革を考えたわけである。
ナショナル・パフォーマンス・レビューは現在も名前を変えて継続しており、先進的な改善活動を行っているグループを表彰するという広がりを見せている。
GPRA法の確立
さて、連邦政府では、九三年に共和党のウイリアム・ロス議員から出された議員立法により、行政評価が法制化された。これは Government Performanceand Results Act(政府業績成果評価法) という法律である。この法律は、すべての政府のサービスは成果指向かつ顧客指向で行わなくてはならない、という考え方で貫かれている。具体的には、各省、各部局は自らの存立の目的あるいは個々の施策の目的が国民にとってどういう意味があるか(顧客指向)を示し、またどんな成果を達成しようとしているのか(成果指向)を数値目標の形で示した戦略計画を立てなければいけないというところから、GPRA法は定めている。現在はいくつかの部局で試行期間中で、まだ予算の配分とは直結していないが、二〇〇〇年以降は予算査定の根拠になると見られている。
このように米国の行政改革は、自治体レベルでのいろいろな実験やノウハウが、連邦レベルに集大成され、それがGPRAのような法律になってまた全米各地により深く浸透するという、好循環に入っている。
●サッチャー以来の英国の行革の流れ
英国の行政改革はサッチャー政権の誕生とともに始まる。サッチャー首相は、徹底した国営企業の民営化と並び、行政業務の民間移管そして民間経営のノウハウの取り込みを政策目標の一つに掲げていた。就任直後に、自治体の強制競争入札制度を導入し、また地方税を国が吸い上げて労働党政権下の、ばらまき型の福祉政策で赤字財政に陥っていた自治体の収支の改善に早速、手をつけた。強制競争入札制度とは何か。これは、自治体の仕事のうち、民間企業でもできる業務については例外なく、民間企業と自治体内部の組織の両方にオープンな入札をかけなくてはいけないという制度である。この結果、自治体の水道の業務をフランスの民間企業に移管することになったり、自分の町の都市計画の仕事を隣の町の都市計画部門に取られそうになったり、といったような競争が始まった。このようなショック療法を経て、英国の自治体は次第に民間経営感覚を取り入れていったわけである。
さらに九〇年代に入って、メジャー政権は市民と行政の間の契約関係をはっきりさせるという作業に着手した。具体的には、各サービス機関に「市民憲章」の制定をさせたり、基本的なサービス業務について、自治体のサービスレベルを通信簿の形で発表する、といった仕組みを導入した。「市民憲章」というのは、行政が税金をもらう対価として市民に対して約束するサービスのレベルを記述したものである。例えば、入院患者は二週間以上待たされることがないとか、その内容は非常に具体的である。
このような行政に民間経営を取り入れようという流れは、自治体に限らず中央政府にも徹底して取り込まれ、その末に出てきた知恵の一つが、わが国でも有名なエージェンシー制(執行庁制)なのである。現在のブレアの労働党政権になっても、競争入札制度や行政の評価制度は、形は少し変えるにしても継続させており、改革の大きな流れに変更はないといわれている。
(※本文章は執筆者原文のものです。掲載のものとは若干異なります)